【千秋毅将】DXを推進する人材を“自社でマネジメント”キーパーソンは「新卒」にあり
DXの推進が叫ばれる昨今、多くの企業がDX人材の確保や育成に頭を悩ませています。一方で、いわゆる「DX人材」には明確な定義がありません。「デジタルテクノロジー領域のスキルや知見を有している人材」=「DX人材」とは、一概には言えないのです。
重要なのは“自社が取り組むDXに適した人材”をマネジメントすることです。では、どのようにしてDX人材を確保すべきでしょうか。既に自社内で複数のDXプロジェクトに取り組み始めているのであれば、「外部から採用する」。「既存社員をリスキルする」のではなく、「新卒社員を育成する」という選択肢を考えてみてはいかがでしょうか。
DXに必要な2軸の人材
DXにおける3つの目的
ビジネス環境の変化に対応し、顧客や市場のニーズを基に、データとデジタル技術を駆使して、競争優位性を確立させるDX(デジタルトランスフォーメーション)。DXには、大きく分けて3つの目的があります。1つ目は「既存業務の効率化・高度化」。2つ目は「既存事業の顧客価値向上」、3つ目は「新しいビジネスの創造」です。
そして、これらを実現させるための人材については「ビジネス領域の知見を武器にする人材」と「テクノロジー領域の知見を武器にする人材」の2軸に分けて考える必要があります。
ビジネス領域のDX人材
ビジネス領域の知見を武器にするDX人材とは、ビジネスドメイン知識を持つ人材です。業界やビジネスモデル、自社の業務知識をもとに活躍することが期待されます。
また、ビジネスドメインの知識だけでなく、テクノロジー領域のリテラシー向上も求められます。昨今の潮流として、まずは、このビジネス領域のDX人材を自社で確保することを目指す傾向にあります。
テクノロジー領域のDX人材
一方、テクノロジー領域の知見を武器にする人材はその名の通り、デジタルテクノロジーの知見・スキルを有する先端IT従事者です。データサイエンスやIoTなどのスキルを駆使して活躍することが期待されます。
DXの推進はまず、3つの目的のうちどこに優先順位を置くかが鍵となります。それぞれの目的によって、求められるスキルが違います。優先順位を決めることで、自社の社員としてビジネス領域の人材が必要なのか、テクノロジー領域の人材が必要なのかが明確になります。
企業のDX人材、現状と課題
二極化する現状
では、日本企業の現状を見ていきましょう。DXを自社の戦略の中心に据え、意思を持って取り組んでいる企業も増えてきました。しかし現時点では、「DXを掲げているだけ」「どの程度取り組むべきか様子を見ている」、「取り組もうとしない」といった企業が多数を占めます。
採用ブランド力が高い企業や、これまでのIT人材に比べて高い報酬を提示できる企業は積極的に人材を確保し、DX推進を図っています。一方で採用ブランド力が弱い、提示できる報酬を変えることができない企業は人材の確保が思うように進んでいません。DXへの取り組みを始めている企業のなかでも、「リソースを確保できるかできないか」で二極化しているのが現状です。
自社内部に意思がない
DXを推進できていない企業の多くは「経営層がDXのインパクトを理解していない」あるいは「上位マネジメント層にデジタルテクノロジーに明るい人材がいない」という現実があります。多くの企業には、当然DXに詳しい人材はいません。そのような状況でDXを推進する場合、コンサルティング会社やITベンダーなどの外部パートナーに業務委託する、あるいは外部から人材を採用することになるでしょう。
しかし外部パートナーの力だけに頼ってしまうと、社内にDXを推進する強い意思や関係者を巻き込む力をもてず、結局DXが進まないというケースがあります。また外部からの人材登用にはコストがかかりますし、中途採用した人材をDXプロジェクトにおける上位役職に据えるハードルが高いという現実もあります。
優秀な人材は動かせない
自社の優秀な既存社員をDX人材に育てるという方法はどうでしょうか。これまでの業務をはがし、DX推進に専心させることができるのであれば、よい方法です。
しかし優秀な人材は、これまでの事業においていなくてはならない存在です。現在の職場から完全に異動させる、業務の大半をはがすことに対して、既存の職場は強く抵抗します。結果、既存の業務の割合は、ほとんど減らずに、新たにプラスしてDX推進の役割を担うケースが散見されます。
大半の時間を既存の業務に取られ、不十分な知識と時間でDX推進に中途半端に取り組むことになります。優秀な人材ですので、必ずなんらかのアウトプットは必ず出してくるでしょうが、本人としても納得がいくものではありません。結果として、DX推進の成果が出ず、部署内や社内にDXに対するネガティブな印象が強まることになります。
マネジメントスタイルの転換
これまで多くの企業では「リスクを抑え、高い打率を残すこと」が求められていました。しかしDXは、これまで自社では取り組んだことがない領域です。必ず成功するとは限らない、初期段階では見込んだ成果が得られる確度が低いプロジェクトです。そのためDX推進においては多くの失敗を検証し、試行錯誤することで、成功率を高めていくことが重要です。
「高い打率」を求めるのではなく、「多くの打席に立つこと」を求めるマネジメントスタイルに転換しなければならないというのも課題の一つでしょう。
DX推進を補強する人材、新卒社員
前提として社内にDX現場があること
このような現状と課題があるなか、DX人材、特にデータサイエンティストなどのテクノロジー領域の人材を自社で確保するために、新卒社員を採用し、育成するという選択肢を考えてはいかがでしょうか。新卒と中途を比較すると、新卒採用の方がコストパフォーマンスに優れています。また、自社にマッチするかというカルチャーフィットの面でも、新卒の方がスムーズですし、既存社員の異動のような現在の職場からの抵抗はありません。テクノロジー領域の人材の確保にチャレンジするのであれば、現場の既存社員を異動させるより、新しく若い力を採用し、育てる方が効率的です。
ただし、新卒社員を確保してDXを推進する場合、「社内にDXプロジェクトの現場がある」というのが前提です。即戦力の新卒は競争率が高いので、意欲と資質はあるが、知識・スキルは未収得という新卒が採用候補となります。そのため経験を通じて育つ現場があることが必須条件になります。
採用要件の変更
テクノロジー領域の人材を新卒採用するにあたっては、採用要件も見直す必要があります。多くの企業の新卒採用基準は、これまで総合職という枠組みのなかで、どのような業務を担うことになっても通用することを前提とした、性格や能力を必要要件としていました。例えば優れた思考力があったとしても、性格が内向的すぎれば採用しないというような、足切り型の採用基準ではないでしょうか。
これまでと同様に必要な要件すべての最低基準を満たし、加えてテクノロジー領域の資質を持つという採用要件を設定しては、テクノロジー領域の人材として育つ可能性のある人材を確保することは困難です。
私が関わったいくつかの企業では、例えばテクノロジー領域の人材として配属する見込みの新卒社員については、コミュニケーション能力が劣っていても構わない。その代わりに、察する力の高い既存の先輩・上司との組み合わせでカバーするというような考えをもとに採用をおこなっています。
テクノロジー領域の人材の新卒採用にあたっては、これまでの基準から何を削るのかを考えて採用要件を変更してはいかがでしょうか。
何を加えるかだけではなく、何を削るのか
また、これまでと同様の新人育成を行っては意味がありません。「これまでの新人育成に、上乗せして新たにテクノロジー領域の知見・スキルを身につけてもらう。ただし残業はなしで。」そんなことが可能な優秀な人材の採用はできません。何を身につけてもらうのかと同時に、これまでの新入社員が身につけるべきところから何を削るのかを考えることが重要です。
新卒入社の社員には、まずは生産や営業などの現場体験をしてもらう。配属後、まずは社内外からの電話やメールでの連絡に対応してもらうという会社も多いのではないでしょうか。しかし、テクノロジー領域に特化した人材を育てるのであれば、そのような経験は後回しで構いません。コミュニケーションは同じ部署内で通用するレベルまでの育成に留める。当該現場に関わる案件に関わるときときに現場を知ってもらうとして、まずは技術的に必要な内容のみを教える、経験してもらうことが、DX推進のための効率の良い人材育成となります。
企業に求められる環境づくり
昨今の新卒のマインドを踏まえた育成担当の選抜
では、企業側は新卒社員に対し、どのような環境を提供すれば良いのでしょうか。大事なのは新卒社員にとって魅力ある上司・育成者です。
私は仕事上、多くの新卒者と関わってきました。そこで感じたのは、多くの新卒者が給料だけではなく、「自身が成長できるか」を重視しているということです。「成長できる職場」というのは、新卒者にとって大きな魅力です。同時に「自分の仕事が社会にとって何の役に立つのか」。流行り言葉でいうとパーパス(目的)を重視しています。
そのためDX人材候補として採用した新卒社員の上司・育成担当には「自社の事業や意義を語れる人」、「DX推進によってもたらされる価値を語れる人」が必要になります。
そのような人材は少ないと思われるかもしれません。しかし、私が各企業の階層別研修という特段の選抜を受けていない方々と接するなかでは、考える機会さえあれば自社の事業の意義や、顧客への価値を語ることができる方の方が多いと感じています。語る機会がない、言語化ができていないだけで、潜在的に新卒社員にとって魅力ある方々は相当数いらっしゃるのです。
転職は当たり前であり、価値である
「新卒で人材を確保、育成しても転職したら意味が無い」とおっしゃる方もいます。ですが、20代・30代の多くの方にとって、いまや転職は当たり前の選択肢です。
新卒のDX人材を育成することについて、私がコンサルティングに関わった企業の部長の方は、「新卒で採用し育てたDX人材が3年で転職したのであれば、我々の成功だ」とおっしゃっていました。なぜならば「優秀な人材を確保し、他社でも通用するDX人材を3年間で育成できた」という証明だからです。その実績を生かして採用活動に取り組めば、今後もDX人材の確保に苦労することはないはず。優秀な人材の転職を悲しむのではなく「優秀なDX人材の確保と育成というスキームが実証できた。それは価値である」と捉えるべきです。
アフターコロナのDX人材マネジメント
さて、これから社会は徐々にアフターコロナへとシフトしていくでしょう。オンラインによる人材教育が主流となりつつありますがテクノロジーの現場においては「オンラインのみの人材教育は難しい」というのが現状です。例えば、物販という業種で商品管理のDX推進のための新卒を採用したとしましょう。オンラインで物流ラインを説明しても完全に把握するのは難しいです。工場という現場を見て、人の動きや物の流れを理解することでテクノロジーは活用されます。
新卒社員で人材を補強し、成長を促す環境を整え、オンラインとオフラインが併合したマネジメントを取り入れていくことこそ、アフターコロナの社会で成功するDXです。
【プロフィール】
シニアソリューションアーキテクト
千秋 毅将(せんしゅう・たけまさ)
(株)リクルートにて複数のシステム開発プロジェクトを担当後、
(株)リクルートマネジメントソリューションズに入社。
現在、同社にて、ビジネススキル領域のセールスエンジニアとして
トレーニングサービスの設計、営業支援に従事しつつ、
講師として戦略、マーケティング、新規事業立案などの研修実施を行う。
デジタルトランスフォーメーション領域においては、コンサルタントとして人 材要件定義、育成体系構築に取り組む他、講師としての登壇も行う。