2022.3.3

【佐藤卓】デザイン=気遣い。先に起こることを予測し実行すること。  

和泉 俊史

ライター

佐藤卓

佐藤卓 グラフィックデザイナー /  聞き手 白井良邦 

課題解決の“デザイン” 

デザインを通してビジネス、地域、社会全体の課題解決に取り組む人物にスポットを当て、そのひとが何故、どういうきっかけで、どのようにして“デザイン”で課題を解決したのかに迫る本コーナー。 「デザインによる課題解決」に至った過程、悩み、模索し生まれたデザインとは? 編集者で、慶應義塾大学特別招聘教授の白井良邦が聞いた。 

NHK Eテレの子ども向け人気番組「デザインあ」の総合指導から、<国立科学博物館><金沢21世紀美術館>といったミュージアムのシンボルマーク、そして「明治おいしい牛乳」、「ロッテ キシリトールガム」といった誰もが目にしたことがある商品のパッケージデザインまで。グラフィックデザイナー佐藤卓の活動は多岐にわたる。そんな彼がプロフェッショナルとして様々な仕事に関わってきて感じていることは「デザインと関わりのない物事は何ひとつない」ことだという。わかりやすく目に見えるデザインもあるし、仕組みやシステムづくり、プログラミングなど目に見えないデザインもある。しかし目に見える・見えないは別にして、私たちの生活の中すべてにデザインが潜んでいることを考えると、そこを意識し、「デザイン的思考」を持つことで、仕事や日々の生活で直面する問題解決ができるのではないだろうか。そんな仮説を元に、銀座にある佐藤卓の事務所を訪ねた。 

デザインとは何か? 

――今回は仕事面において「デザインで課題解決ができるかどうか?」に関してお伺いしたいと思います。そもそも佐藤卓さんが考える「デザイン」とは一体、何なのでしょうか。 

佐藤 普段いちいちデザインって意識しなくてもいいかもしれませんが、ありとあらゆる物事、ここにある椅子もテーブルも、すべて誰かがデザインしたものですよね。「こうするともっと座りやすいだろうな」と考えて椅子をデザインするわけです。つまりデザインとは、「もっとこうしたら良くなるんじゃないか」って、先回りして考えること、これからのことを考えることだと思うんです。それは日本語で言い換えると、デザイン=「気遣い」ということだと思います。 

――デザインというと、どうしても見た目のことを考えてしまいがちですが、「気遣い」ですか。 

佐藤 これから先に起こるだろうことを予測して、今のうちに何をするべきかを考え、実行する。その解決策を考え行動する。これってつまり気遣いですよね。人が快適に生活をしたり、スムーズにコミュニケ-ションが取れるよう気遣いすることが実はデザインなんだって考えると、デザインとは、人×物、人×人との関係を「より良くつなげる」ための、観察⇒思索⇒知恵⇒行動のプロセスと言えるかもしれません。そんなデザイン的思考を持つことによって、物事の見方が変わり、目の前の課題解決につながるのではないでしょうか。 

デザインしないデザイン 

佐藤卓氏がコンセプトづくりから関わった「ニッカ ピュアモルト」(1984年発売)

――佐藤さんがデザインされた「ニッカ ピュアモルト」(1984年発売)に対する考え方は、まさに気遣いであり、デザイン的思考で解決を試みた商品のひとつではないかと思います。バブル期到来前夜に、ウイスキーを飲んだ後の空き瓶のことも考え、根本からデザインをしたという。今でこそ、環境や資源への配慮やサスティナビリティーをうたう商品はたくさんありますが、約40年前に既に先回りしてリユース&リサイクルの可能性を探っていましたよね。 

「ニッカ ピュアモルト」のデザインで目指したことのひとつは、飲んだ後のボトルを他の用途で再利用できないかということだった。

佐藤 新商品を出すのに飲んだ後の空き瓶のことまで考えるなんて、当時は前代未聞でした。アンティーク・ショップでかわいい空き瓶を買っていく人たちを見て、シンプルでおしゃれな瓶にウイスキーが入っていたらどうだろう、と逆の発想をしたんです。どうせボトルは捨てられてしまうのだから、それであれば別の何かに使えるようにデザインしておいた方がいいんじゃないか、と。狙い通りウイスキーの空き瓶に別のものを入れたり、インテリアとして飾ったりする人たちが現れました。もともと僕には、天の邪鬼なところがあります。バブル期にあえてデザインしない「ニッカ ピュアモルト」を提示したのは、デザイン過剰の風潮に違和感を覚えていたからかもしれません。時代の流れに疑問を持つことは、時代に左右されない真髄を見つけることにつながります。しっかりとモノと向き合い取り組めば、普遍的なアイディアが生まれる。このウイスキーが現在も商品として生き残っているのは、その証拠だと思います。 

既成概念を破ること 

佐藤卓氏がパッケージのデザインを手掛けた「ロッテ キシリトールガム」 Photo/Koutarou Washizaki

――ロッテの「キシリトールガム」のパッケージデザインも、既成概念に対しての逆の発想で挑み、生み出したものと言えますよね。 
佐藤 白樺や樫の樹液から取れ、砂糖のように甘いのに虫歯の予防にもなるというキシリトールと言う成分がチューイングガムに使用されることが許可されると、メーカー各社がキシリトール入りのガムを発売することになったんです。僕はロッテからパッケージのデザインを依頼された。それでどうするべきかと考えたんです。元々、チューイングガムは砂糖が含まれ噛むと虫歯になるので歯に良くないとされていた。今までのチューイングガム=歯に悪い、という印象です。だから、今までのチューイングガムっぽい「甘い」「おいしい」という感じで作ってはいけないんだと思いました。そこで「デンタル」という観点でデザインしてみようと思ったんです。歯医者さん、歯ブラシ、健康な歯・・・・デンタル=歯に良い、というイメージです。これは甘いお菓子の世界とは全然違うものです。甘そうに見えない、おいしそうに見えない、いわゆる歯磨き粉のパッケージのようにデザインしました。でも普通はこのようなアイディアは通りません。ですが、今までの既成の考え方ではダメなんじゃないか、とロッテさんに提案したわけです。飾り気のない、冷たいクールなイメージという今までとは逆の発想でデザインしたからこそ、他のメーカーとは違うパッケージで差別化でき、ロングセラー商品になる一因になったのではと思います。 

デザインが会話を生み出す 

株式会社TSDO 佐藤卓
インタビューは、銀座にある佐藤卓氏のオフィス<TSDO>で行われた。Photo/Koutarou Washizaki

――「キシリトールガム」のパッケージに付いているマークは、“歯”だそうですね。 

佐藤 このガムは粒タイプで、中に14個の粒が入っています。板ガム以外のいろいろなタイプが予定されていたので、マークを付けてみてはどうかと考えました。そして、その粒をマークで表現しようと考えたわけです。デンタルという切り口で行こうと決めたので、歯をイメージしてマークを考えることにしました。最初、奥歯を横から見たリンゴみたいなマークを描いていたんです。でも奥歯が描いてあるガムなんて誰も嚙みたくないですよね。デザインしていてこれじゃ、誰も買ってくれないなと思いました(笑)。どうすればいいか悩んだ挙句、そうだ奥歯を上から見たところにすればいいんだ、と思いつきました。でも、今度は歯をデザインしたマークには見えなくなりました。デンタルを意識して歯をマークに選んだのに、それが歯に見えない・・・。でも、よくよく考え、これでいいんだと思いました。なぜかというと、私がこのマークは奥歯なんですよ、と言えば、それを聞いて面白いと思った人が、知らない人に「知ってる? 実はこのマーク、奥歯を上から見た形なんだよ」って、伝えてくれるからです。情報は人から人に伝わる。でも、これが奥歯だと一目でわかったら、誰も話題にしてくれないですよね。 

――さらにこのマークは、売り場での見え方も考えられているそうですね。 

佐藤 チューイングガムは、スーパーやコンビニではヨコ置きで販売されていますが、キヨスクなど売り場のスペースが限られているところだとタテに挿して売られています。このマークは、ヨコにしてもタテにしても同じに見えます。つまり、いつも買っているキシリト-ルガムだとお客さんに一目で認識できるようになっているんです。 

大声を出さない目立ち方 

――デザインで、商品と消費者をつなぐ好例ですね。「明治おいしい牛乳」のパッケージデザインで工夫した点はいかがでしょうか。 
佐藤 とにかくシンプルに、デザインをしていないように見せたいと思いました。それは牛乳というものは日常のものであって特別なものではないからです。他の牛乳パックのデザインを見ているとデザインし過ぎているという印象を受けたので逆のことを考えました。これは「ニッカ ピュアモルト」にも通じる考え方です。例えばコンビニへ行った時のことを想像してみてください。どの商品も目立つようにデザインしてあります。売れないと商品はすぐ無くなります。売れるためには、目立たなくちゃいけない。だからほとんどの商品が大声をあげているようなデザインです。「私をみて! 私を買って!」と言う具合に・・・。その中で目立つためには、もっと大声を出すか、静かにする、この2つしか方法はありません。そこで考えました。静かにすれば目立つんだ、と。そしてこの「おいしい牛乳」のデザインが生まれました。この商品は2002年の発売ですから今年で20年のロングセラーになります。 

――日本語で商品名がタテ書きと言う点も、他にはないパッケージですね。 

佐藤 そうですね、牛乳売り場から離れていても、おいしい牛乳という文字が目立つので、あ、あそこに売っている、とスーパーやコンビニでお客さんに気づいていただくようにしたかったんです。で、実はもうひとつデザインに工夫があって、実際にお客さんが商品を手に取ってみてみると、おいしい牛乳という文字の後ろに、グラスに注がれた美味しそうな牛乳が描かれていることに気づくんです。お店で見た時と、家の冷蔵庫に入っている時でデザインの印象が変わる。これもちょっとした気遣いですね。 

今回は、佐藤卓さんに、デザインとは何か? デザイン的思考でどのようにひとつひとつ問題解決を図ってきたのかを具体的な仕事を通じ聞いてみました。 

次回は、大学を卒業し広告代理店に勤めた頃のお話しや、デザインを理解する大切さなどについて伺います。 

インタビューに答える佐藤卓氏(右)と、聞き手:白井良邦氏(左) Photo/Koutarou Washizaki

第2回に続く

【佐藤卓 プロフィール】 

グラフィックデザイナー

1955年東京生まれ。1979年東京芸術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立(2018年4月に株式会社TSDOに社名変更)。以後、グラフィックデザインを中心に商品開発、パッケージデザイン、プロダクトデザイン等、幅広い領域で活動する。主な仕事として「ニッカ ピュアモルト」、「明治おいしい牛乳」等の商品デザイン、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導、東京・六本木にある<21_21DESIGN SIGHT>館長、日本グラフィックデザイン協会会長も務める。著書に「クジラは潮を吹いていた。」(DNPアートコミュニケーションズ)、「塑する思考」(新潮社)、「大量生産品のデザイン論-経済と文化を分けない思考-」(PHP新書)など。 

【聞き手 白井良邦 プロフィール】 

編集者/慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授 

1993年(株)マガジンハウス入社。雑誌「POPEYE」「BRUTUS」編集部を経て、「CasaBRUTUS」には1998年の創刊準備から関わる。 2007年~2016年CasaBRUTUS副編集長。建築、現代美術を中心に担当、「安藤忠雄特集」、書籍「杉本博司の空間感」、 連載「櫻井翔のケンチクを学ぶ旅」などを手掛ける。2017年より「せとうちホールディングス」執行役員 兼 「せとうちクリエイティブ&トラベル」代表取締役を務め、 客船guntu(ガンツウ)など、瀬戸内海での富裕層向け観光事業に携わる。2020年夏、編集コンサルティング会社(株)アプリコ・インターナショナル設立。 出版の垣根を越え、様々な物事を“編集”する事業を行う。著書に「世界のビックリ建築を追え」(扶桑社)など。 

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