2022.2.14

【ヘルジアン・ウッド】隈研吾の建築が並ぶ富山の村

和泉 俊史

ライター

ヘルジアンウッド

~健康寿命を延ばすコンテンツ創造企業へ~
「世界一美しい村づくり」を富山で行う経営者<第2回>

前田薬品工業株式会社 代表取締役 前田大介 / 聞き手 白井良邦

「22世紀に向けた新しい村づくり、人づくり」を掲げ、立山連峰を臨む水田の真ん中に、建築家・隈研吾の設計でアロマ工房・レストラン施設「ヘルジアン・ウッド(Healthian-wood)」をつくりあげた前田薬品工業 三代目社長の前田大介氏。同社は、1958年創業で、現在ジェネリック医薬品の外用剤では売上高国内トップ5に入る医薬品メーカー。8年間に渡り、増収増益を続ける優良企業である。しかしそんな同社も9年前、硬直した社内体制などから試験データの改ざんが行われ、それにより倒産の危機に陥ったという苦い経験がある。そのどん底から会社を立て直し、新たにアロマ事業を展開しているのが前田大介氏だ。第1回では、その会社の危機をどういう施策で乗り越えたのかを伺った。今回は、アロマ工房の立ち上げと隈研吾氏との取り組み、また、次の50年、100年へ向けた同社の事業構想と将来の展望について伺った。

隈研吾氏との出会い

「ヘルジアン・ウッド」では、富山の豊かな大地のもと、何種類も建築家・隈研吾設計の「アロマ工房」。中心に柱を持たない傘型の構造体が、内と外の風景をつなぐ。Photo/Koutarou Washizaki

――アロマ工房やレストランを備えた「ヘルジアン・ウッド(Healthian-wood)」は、富山の自然豊かな空間の中に素晴らしい建築が立ち並ぶという建築・デザイン好きにとってもたまらない場所だと思います。水田の中に住居が点在する伝統的な散居村をイメージして、水田に浮かんでいるような建築を目指したと伺いました。では、そもそも隈研吾さんに設計を依頼したのには、どのような経緯があってのことなのでしょうか?

前田 隈研吾さんとの出会いは、富山で最も有名な酒造メーカー、桝田酒造店代表の桝田隆一郎さんのご紹介でした。高級シャンパンブランド「ドン ペリニヨン」の5代目醸造最高責任者を務めたリシャール・ジョフロワ氏がドン ペリニヨンを辞めた後、ここ富山で日本酒造りをしています。そのパートナーが桝田酒造店なのですが、そのリシャール氏の酒蔵を隈研吾さんが設計していらっしゃいました。そのご縁でご紹介いただいたという経緯です。

水田の中に建つ、建築家・隈研吾設計のレストラン棟。Photo/Koutarou Washizaki

――いつの話しですか?

前田 ご紹介いただいたのが2017年の冬で、2018年2月に隈さんご自身がこの敷地を見に来てくださいました。雪原の中を一緒に歩きながら、隈さんに構想を説明しました。建築に対しては木造で建てて欲しいと言う以外は色や形、素材などには一切注文を出しませんでしたね。では何を伝えたかと言うと、例えばレストランでは「周囲で採れた素材を指してプレゼンテーションできる環境を作って欲しい」ということでした。それはどういうことかと言うと、レストランの大きな窓からは、目の前に立山連峰が壁のようにそびえ、別方向を見ると遠く富山湾を望むこともできます。お客様にサービススタッフが、このお肉はあの山から獲れたジビエですよ、この魚はあの海から獲れた魚ですよ、このリゾットで使っているお米はこの水田から採れたんですよ、と場所を示しながらお客様に食材の説明ができる環境を整えて欲しいということだったんです。

「新しい村づくり」のビジョン

レストラン棟外観。低層で切り妻屋根の建物は、富山県立山町の田園風景になじんでいる。Photo/Koutarou Washizaki

――この施設は、前田さんが代表取締役社長を務めていらっしゃる株式会社GEN風景の運営ですよね。

前田 はい。「22世紀に向けた新しい村づくり、人づくり」「世界一美しい村をつくる」というビジョンに共感してくださった前田薬品工業を含む12の個人・法人からの出資による会社です。地域ぐるみでモノ・ヒト・お金、そして地域に対する思いを駆使して、なんとかこの過疎地に世界中から人を呼んで再生するという、誰もやったことのないチャンレジをしようと。

――このような素晴らしい立地をどうやって見つけたんですか?

前田 美しい富山の自然の中でハーブを育てアロマを抽出する工房を作りたいと思い、私が自分で車を運転し200か所くらいの土地を見て5年前に、ここだ、と決めました。決めたと言っても売りに出ていた土地ではなく、十数名の土地の所有者の方がいらっしゃいましたから、一度その地権者の方に集まっていただき、私の考えをプレゼンさせていただきました。その考えに賛同いただき、ご理解いただいたうえで、土地をお譲りいただいた、と言う感じです。

――皆さん、先祖代々の土地をよく譲ってくれましたね。

前田 背景には、農業をしている方の高齢化と後継者不足で、今後農地をどうしていくか、ということについて将来の不安があったのではと思います。でもだからと言って誰にでも農地を譲りたいかというと決してそうではない。そこは熱意で口説きました(笑)。実際にこの地域では空家が増え、土地交渉の時点で地元の小学校も閉鎖されることが決まっていたので、地域の方々みな危機感をお持ちだったのだと思います。

前例のない水田での施設づくり

――農地にこのような規模の施設をつくるということは、苦労も多かったのではと思います。どんな点が大変でしたか?

前田 これは街づくり“あるある”なんですが、農地の中に点在した施設を作ることがまず前例がなく、大変苦労しました。最終的にはどこにも前例がないが作るしかないということになり、それならばどうすれば実現するのかを考えるということになりました。解決策として、水田の中心に公道から一本私道を通し、農道だった道を町道にしました。そこにデッキを這わせ緊急車両が通れるようにして・・・・と、工夫をし、実現させました。

賑わいの“デザイン”

隈研吾設計のイベント広場。この大屋根の下で、結婚式などが行われている。Photo/Koutarou Washizaki

――現在、隈さんの設計により、<アロマ工房><レストラン><イベント広場>の3棟が竣工済みですよね。建築が主張し過ぎず、自然に調和していますね。

前田 でも最初はレストランやイベント広場を作るつもりはなかったんですよ、あくまでアロマ工房とハーブ農園さえあればよいかと。でも賑わいをつくるとなると様々な施設が必要かなと思いました。例えば、イベント広場では毎月1回、第3土曜・日曜にマルシェを開催し賑わいを見せています。隈さんの木組みの屋根が印象的な半屋外のこの広場は、ウェディングにも大人気で2021年には10組が式を挙げました。今年2022年は18組の結婚式が予定されています。

――広場で式を挙げ、その後レストランで披露宴というパーフェクトな流れですね。オープンエアなら“密”も避けられるし、新たな時代に対応しているとも言えますね。

前田 今後も音楽イベントやワークショップなどを開催していきたいと考えています。さらに海外からここを訪れる人を呼び込むとなると、泊まるところも必要ではないかと思い、今後、宿泊施設も作っていく予定です。一棟貸しのサウナホテル(2022年オープン予定)、そして一棟貸しのヴィラタイプの宿(2023年に2棟、2025年に2棟オープン予定)を作る計画です。

世界一美しい村を目指して

レストラン棟のディテール。ポリカーボネイト製の波板の内側には断熱材として稲が詰められている。Photo/Koutarou Washizaki

――目指すところは何ですか?

前田 シュリンクしていくこの地域を外に対して開いていくこと、つまり過疎化⇒開疎化です。と、同時に自然豊かな原風景を残し、世界に自慢できる環境を次世代へ残すことです。私は子供のころ、富山湾の近くにある水田が広がる地域で育ちました。そこには、昔ながらの近所付き合いがあって、みんな顔見知りで・・・という密な地域での結びつきがありました。それが今は人間関係が薄く個人主義的になり、結びつきが弱い時代になっているなと感じるんです。昔ながらの風景や集落は人を惹きつけます。ここが魅力的になり、地域の人も働く人も元気で幸せになったら素敵だなと思いました。そこで立山連峰、富山湾、水田に囲まれた風景の中で、世界一美しい村をつくろうと思ったんです。

人生100年時代の健康・美容・働き方

――なるほど。

前田 今、人生100年時代と言われています。そんななか私は「健康寿命」に着目しています。日本人の平均寿命は男性81・09歳、女性87.26歳(2018年調べ)ですが、健康寿命は男性72.14歳、女性74.79歳(いずれも2016年調べ)なんです。そこには約9~13年のギャップがあります。平均寿命が延びても健康でなければ意味がありません。前田薬品工業の既存ビジネスは患者さんに医薬品を提供し治療をすることです。しかし今後新たな視点として、治療と同じくらい大切になるのは、いかに健康で病気にならないか、患者さんにならないかということです。そこで塗る・貼るという医薬品開発・製造技術のノウハウを使い、予防とアフターケアに力を入れていこうという考えからアロマ事業に到達したわけです。今社会では60歳定年が当たり前ですが、これからは元気に80歳、90歳まで働く時代になると思います。

――前田薬品工業の働き方改革もその考えやビジョンから導き出したのですか?

前田 はい、これからの100年を考えた時に、一つの産業や一つの会社に依存・帰属して「自分はこれしかできない」という人は厳しいと思います。そこで前田薬品工業としては、マルチタスクで仕事を同時にこなせる人材を育てていきたいと思い、グループ企業内での副業を解禁しました。また、新卒一括採用も2020年に廃止しました。実力主義で働き方を評価していくときに、新卒で給料はいくら、というのも違うかと思ったからです。年齢は関係なく若くても年を重ねていても働ける環境を整えたいと思っています。そして会社自体も、「治療のためのものづくり企業」から、「健康寿命延伸のコンテンツ創造企業」へと転換を計りたいと考えています。

おでん屋の次の夢

前田薬品工業株式会社 代表取締役 前田大介
レストラン棟の前にて。前田薬品工業代表取締役社長の前田大介氏。Photo/Koutarou Washizaki

――最後に、前田さんの夢をお聞かせください。

前田 45~50歳までに引退して、おでん屋を開くのが夢と常日頃から言っていたんですが、実はつい先日、おでん屋はオープンさせちゃいました(笑)。もちろん味へのこだわりも強いんですが、おでんも出すけど、経営者のための“相談所”みたいな感じの店が理想ですね。ほら、おでん屋ってグチ言っている人が多いじゃないですか。そのグチとか悩みを聞いてあげるというおでん屋です(笑)。まあ、飲んで忘れてください、なんていいながらお酒を勧めたりして。僕自身が今までそう慰められながら飲まされてきましたから(笑)。

―――おでん屋を実現させてしまったというと、次なる目標は?

前田 将来的なことを言えば、義務教育や大学進学にとらわれない“多世代型インターナショナルスクール”を富山に作りたいですね。北陸初のインターナショナルスクールで、世界中から富山、立山に学びに訪れるような国際色や年齢が多彩な学校です。これから日本では人口減少と高齢化がより一層進みます。そのような時代にあって、従来の義務教育では教えてくれない世界で生き抜く力を養うための学校です。教育事業は次世代を育てる大きなビジネスになると確信しています。

旅人が住人になる村づくり

――今後の「ヘルジアン・ウッド」も変わっていきますね。

前田 この施設ができてから、この立山町に土地や古民家を買って県外から移り住んだ方

が2組いらっしゃいます。一組は建築デザインの仕事をしている方、もう一組はヘルジアン・ウッドに来てこの土地を気に入って住み始めた20代のカップルです。20年後のヘルジアン・ウッドは、旅人が住人になる場所を目指します。泊まり滞在したことがきっかけで、暮らすようになってしまう場所。若者が集まる場所、文化が受け継がれる場所。単なるリゾート地ではなく、村のような場所になって欲しいと願っています。

1回はこちら) 

【前田大介 プロフィール】

前田薬品工業株式会社 代表取締役

1979年富山県生まれ。前田薬品工業3代目の代表取締役社長。前田薬品工業は1958年に創業。

現在ではジェネリック医薬品の外用剤では売上高国内トップ5に入る。また、塗り薬の技術を生かしたスキンケア化粧品の開発も手掛け、オリジナルのアロマ製品の開発・販売も行っている。2013年に発覚した試験データ改ざんにより、父親である2代目社長の引責辞任を受け社長に就任。わずか3年で会社を立て直す。2020年3月には富山県立山町にハーブの抽出工房やレストランを備えた「ヘルジアン・ウッド(Healthian-wood)」をオープンさせ、世界一美しい村づくりを目指す。趣味は、秘湯巡り、旅、日本酒&日本ワインの買い付け。関連会社:株式会社GEN風景の代表取締役なども務める。

【聞き手 白井良邦 プロフィール】

編集者/慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授

1993年(株)マガジンハウス入社。雑誌「POPEYE」「BRUTUS」編集部を経て、「CasaBRUTUS」には1998年の創刊準備から関わる。2007年~2016年CasaBRUTUS副編集長。建築、現代美術を中心に担当、「安藤忠雄特集」、書籍「杉本博司の空間感」、連載「櫻井翔のケンチクを学ぶ旅」などを手掛ける。2017年より「せとうちホールディングス」執行役員 兼 「せとうちクリエイティブ&トラベル」代表取締役を務め、客船guntu(ガンツウ)など、瀬戸内海での富裕層向け観光事業に携わる。2020年夏、編集コンサルティング会社(株)アプリコ・インターナショナル設立。出版の垣根を越え、様々な物事を“編集”する事業を行う。著書に「世界のビックリ建築を追え」(扶桑社)など。

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