2022.12.20

【岡本吉起】『モンハン』『モンスト』の開発に携わったプロデューサーが語る、社会に影響を与えるゲームのつくり方

StoryNews編集部

岡本 吉起 ゲームプロデューサー

岡本 吉起 ゲームプロデューサー

課題解決キーワード:「世界一は狙って取りにいくもの」

 大手ゲーム会社のコナミ、カプコンを経て、ゲームリパブリックを創業。『ストリートファイターII』や『モンスターハンター』、『バイオハザード』などの大ヒットゲームのほか、世界累計収益は2022年9月に100億ドル突破を記録するなど、大ヒットスマホゲーム『モンスターストライク(以下、モンスト)』の開発に従事──40年以上にわたって、ゲーム業界一筋でキャリアを積んできたのがゲームプロデューサーの岡本吉起氏だ。

岡本氏は現在、マレーシアを拠点にスマホゲームの企画・開発を手がける株式会社オカキチマレーシアに勤務しながら、『岡本吉起ゲームCh』や『岡本吉起塾』など複数のYouTubeチャンネルの運営を手がけている。

また、これからは「社会貢献をしていきたい」という思いのもと、Fracta会長の加藤崇氏が考案した、インフラ画像を撮影・投稿、レビューすることによってトークンを獲得することができるWeb3.0の社会貢献アプリ「TEKKON」の開発にアドバイザーとして参画。テレビやスマホの枠を超え、社会課題を解決するゲームの開発にも携わっている。【加藤崇氏の記事はコチラ

ゲーム業界一筋でキャリアを積んできた岡本氏が、社会課題の解決に取り組むことにしたきっかけは何だったのか。岡本氏のこれまでのキャリアをひも解きながら、社会貢献に対する思い、そして今後のゲーム業界への考えについて迫っていく。

建築家志望からゲーム業界へ。コナミで培ったゲーム開発の基礎

岡本 吉起 ゲームプロデューサー
オフィスにて話す岡本吉起氏 photo / Yuto Kuroyanagi

──ゲーム業界の黎明期とも言える1981年にコナミに入社されています。当時から「ゲームプロデューサー」になりたい、という思いがあったのでしょうか。

岡本:ゲームプロデューサーになりたい、とは思っていませんでした。もともと、将来は「建築家になりたい」と思っていたんです。創造社デザイン専門学校に通っていたのも、パース画を描けるようになるために“絵の勉強”をするのが目的でした。

今であれば、色んなCG技術を駆使すれば簡単にパース画を作成できますが、当時は手描きで作成するのが当たり前でした。自分の頭の中にある建築のイメージを伝えるためにも、パース画を作成して見せなければいけない。図面を考えたりするのは得意だったので問題なかったのですが、絵心がなくて、「これはヤバイな」と思ったんです。きちんと絵の勉強をしようと思い、専門学校に通うことにしました。

そして、いざ専門学校に通ってみたら成績はほぼ最下位。ほとんどの人はそれなりに絵の勉強をしてから専門学校に来ていたわけですが、自分はバレーボールと建築のことしか考えてこなかった。最初は少し勉強したら、それなりにパース画くらいなら描けるようになってるんだろうな、と漠然と思っていたのですが全然そんなことはない。自分の想像以上にダメダメだったんです。

愛媛県の片田舎から大阪に出てきて。最初は余裕ぶっこいて、ホストやゲイバーでバイトして、3カ月くらいはブイブイ言わせていたのですが、成績を見て血の気が引きました。さすがに「このままではアカン」と思い、そこからスイッチを入れ、必死に絵の勉強をしたんです。そうしたら、成績も1学期は5段階評価で2.7しかなかったのが、2学期で3.8、3学期で4.2になり、最終的には最優秀成績賞で卒業することができました。もともとの知識量がゼロだったので、そういう意味では伸び代しかなかったのかもしれません(笑)。

──専門学校を卒業後、なぜコナミに就職しようと思ったのでしょうか?

岡本:コナミから「アルバイトに来てみなよ」と言われて。今で言うインターンのようなものだと思いますが、40人くらいのデザイナーを集めて“実務試験”みたいなことをしていたんです。当時、自分はコナミがゲーム会社であることすら知らず、「イラストレーターを募集してるなら、自分が一番優秀だと思いますよ」みたいな感じでアルバイトに行き始めました。

実際にコナミで仕事をする過程でいろんな人に出会い、そこでいかに自分が中途半端な人間であるかを自覚しました。今の状態のまま建築業界に進んだとしても、自分が望んでいる建築なんてやらせてもらえるはずがない。都市計画をやらせてもらうまでの時間が長すぎるな、と。

ただ、ゲーム業界であれば社内に“先生”と呼べるような人たちがいて、その人たちを超えることができれば、何か見えてくるものがあるかもしれない。もともと自分は建築のなかでも都市計画がしたかったので、ゲーム業界であれば世界観の設定からできるので、まずはゲーム業界で経験を積もうと思いました。そこからポスター描いたりとか。版下切ったりとか、色を指定したり。いろんな先輩の仕事の手伝いをしてる過程で上司から「こんなゲーム作れ」と言われ、ゲーム制作にも取り組むことになったんです。

──それがデビュー作のアーケードゲーム『タイムパイロット』ですか。

デビュー作『タイムパイロット』について語る岡本氏 photo / Yuto Kuroyanagi

岡本:そうです。ただ、上司が企画した作品(教習所をモチーフにしたドライブゲーム)がどうしても嫌で、自分で全く違う作品を企画し、制作してしまいました。それがデビュー作です。当時、上司から「お前はクビだ」と言われたのですが、今考えれば当たり前ですよね(笑)。会社のお金を使って、上司には偽の仕様書を提出して。とんでもないことをやっているのですが、当時の自分は“会社”というものを理解していなかったんです。とにかく「売れる作品をつくらないといけない」と思っていて。20歳ながら上司が企画した作品を「これじゃ売れない」と思い込み、勝手に自分が面白いと思う作品をつくったんです。

もちろん、上司が企画した作品が売れなかったとも言い切れないのですが、それでも自分がプレイしたいと思うものをつくろう、と行動してしまった。結果的に『タイムパイロット』はヒットしたので、怒られはしましたけどクビにはなりませんでした。ただ、当時のことは今でも反省しています。とんでもないことをやってしまったな、と……。

──当時を振り返って、ゲーム制作をする上でどのような学びがありましたか?

コナミ時代にゲームづくりの基礎を学んだと話す岡本氏 photo / Yuto Kuroyanagi

岡本:自分はゲームプロデューサーとして長いキャリアを積んでおり、さまざまなノウハウを持っていますが、そのベースになっているものはコナミから学んだものです。コナミで培ったゲームのつくり方などが自分のゲームプロデューサーとしてのDNAになっています。

具体的なゲームのつくり方はそれほど重要ではありません。ただ、先輩たちが働いている姿、ゲームづくりに向き合う姿勢などを後ろから見て、学んでいきました。当時のコナミの人たちはとにかく働く。そんなイメージが今も強く残っています。

例えば、お昼ご飯の休憩は当時45分しかなかったんです。少しでも仕事を早く進めるために、ビルの下にある社員食堂でお弁当を食って、30分で食べて戻ってきたら、先輩から「何してたんや?」と聞かれて。「進捗が遅れている仕事をやっています」と答えたら、「それはおかしいやろ」と。「迷惑かからないように15分だけでも早く……」と言ったら、「逆や、逆。なんでご飯に30分もかかってるんや。まさかご飯を噛んで食べてんちゃうんやろな?」と言われたんです。そのときに、先輩たちは自分以上にめちゃくちゃ頑張る。ちょっと頑張ったくらいじゃ永遠に追いつかないな、と思いました。しかも、先輩たちが誰かに言われたからやっているわけではなく、好きだからやっている。あくまで自然体で、「これが普通でしょ」という感じで働く姿を見て、学ぶことが沢山ありました。

また、ゲームが好きだからこそ知識量もすごいんですよね。自分がどんな質問をしても、すぐに答えてくれる。そんな人たちと一緒に働くことで、ゲーム開発に関するさまざまなことを学べましたし、それらが自分のゲーム開発の礎になっているなと思います。

──もともとゲーム開発に関する知識はなかったと仰っていましたが、ゲームの面白さを見極める審美眼のようなものはどのように身につけたのでしょうか?

岡本:子どもの頃から、ゲームのルールをつくっていましたね。もちろん、テレビゲームではないですが。例えば、かくれんぼをする際に一定のルールはありつつも、細かいルールなどは自分たちで決めてつくるじゃないですか。自分たちがより楽しめるように、能動的にルールを考えて決めていく。そのときの経験は生かされているなと思います。個人的には、テレビゲームをつくる人はテレビゲームで遊んでない方がいいんじゃないかと思っているくらいです。

3年間スマホゲームを研究、その先にあったモンストの大ヒット

スマホゲームに照準を定めて3年間ひたすら研究 photo / Yuto Kuroyanagi

──コナミの後、カプコンを経てゲームリパブリックを創業しています。昔から「独立したい」という考えは持っていたのでしょうか?

岡本:最初から独立することは決めていました。もともと、10年くらい会社員をやってみて、10年間くらい取締役、10年くらい社長をやって、他の人よりも10年早く引退しようと思っていたんです。たくさん働き、早めにお金を蓄えて50歳くらいでリタイアできたらハッピーじゃんと思い、オーナー兼経営者側を経験するために独立しました。

──ゲームリパブリックではコンシューマーゲームの開発から、スマホゲームの開発に転向しています。当時、どのようなことを考えていたのでしょうか?

岡本:スマホゲームの開発に転向した理由は大きく2つあります。自分自身がコンシューマーゲームの開発についていけなくなったという“自覚”と今後はスマホゲームが間違いなく盛り上がるという“確信”があったからです。とはいえ、コンシューマーゲームの開発からスマホゲームの開発に“脳の変換”をするのに3年くらいはかかりましたね。

──具体的にどのような違いがあったのでしょうか?

岡本:コンシューマーゲームは開発して、リリースしたら基本的には作業終了です。価格も6000〜8000円ほどで全員に同じ価格で提供していました。ただ、スマホゲームは違う。無課金でプレイする人もいれば、5000万円払う人、1億5000万円払う人もいるわけです。同じゲームに対して支払う金額が異なる人たちを全員満足させなければいけない。ゲームとしてのバランスを取らなければならず、少しでもミスをしたらプレイヤーが離れていってしまいますから、簡単なわけがない。多分、ゲームづくりでは一番難しいと今でも思っています。

また、リリースしてからも長く楽しみ続けてもらうためにゲーム自体をアップデートしていかなければいけないですから、そこも大変ではありますね。

──スマホゲームを開発するにあたって24時間プレイするなど、とにかくスマホゲームを研究されていた、と聞いています。

スマホゲームを面白くする要素を探しプレイし続けた photo / Yuto Kuroyanagi

岡本:24時間はプレイしてないですよ(笑)。ただ、時計のアラームを1.5時間おきに設定して、ゲームの体力(行動力)が回復するたびにプレイしていました。当時、課金するだけのお金もなかったですから、とにかく人が寝ている時間を使ってプレイし続け、どういった要素を取り入れれば面白くなるかを研究するしかなかったんです。

──具体的にどのような部分を研究したんでしょうか?

岡本:実際にゲームをプレイする過程で「人間の感情の揺れ方」というのを自分なりに研究・分析しました。なるべく自分を平均値に近いかたちのユーザーにし、プレイする中で何をしたら悔しくて、何をしたら気持ちよくなるのかを学んでいったんです。

その結果、ゲームに課金する際には「ネガティブパワー」と「ポジティブパワー」という2つのパワーがあることが分かりました。いわゆる陰と陽というやつですね。誰かに負けて腹立つからやり返すためというのがネガティブパワーによる課金で、自分が課金することで周りのユーザーを引っ張っていくというのがポジティブパワーによる課金です。自分も実際にゲームに課金してきたのですが、研究を通して自分が開発するゲームではなるべくポジティブパワーで課金してもらえるような設計にしたいな、ということが見えてきました。

──その研究期間が3年くらい続いた。

ライフル銃のモデルが陳列されたオフィスの壁 photo / Yuto Kuroyanagi

岡本:自分でもそんなにかかるとは思っていませんでした。ちょっと自分のことを過大評価している節がありまして、1年くらいでいけるだろうと緩く考えていたんです。ただ、実際に研究をしてみたらスマホゲームの奥が深かったことに加えて、進化するスピードも早かったので追いつき、追い越すのに時間がかかってしまいましたね。本来は1年で追いつくはずが、2年半くらいかかり、残りの半年でモンストの開発を進めていきました。

モンスト、大ヒットの裏にあった「協力プレイ」という工夫

photo / Yuto Kuroyanagi

──そのモンストが大ヒットしたわけですが、当時スマホゲームのヒットに必要な要素として何が大事だと考えていましたか?

岡本:既存のゲームが提供してきた価値、良さは100%踏襲し、逆に既存のゲームの良くない部分は削ぎ落として改善する、ということを考えていました。

具体的に説明すると、自分のテクニックとゲームに費やした時間と突っ込んだお金のバランスで、ゲームがクリアできる点が既存のスマホゲームの良さだったと思います。一方、良くない点はひとりで遊ぶことが基本となっているということです。あるとき、カフェでカップルの女性のほうが友だちとLINEをしてて、男性のほうがパズドラをしてるシーンを見たんです。

その姿を見て、せっかくデートしているのに共通の話題がないなんて少し寂しいなと感じました。また、友達と集まって遊んでいるように見えるんだけど、それぞれが違うゲームをプレイしているだけというのを見て、みんなが集まっているんだから、ワイワイガヤガヤと楽しいことをしてもらいたいよなという思いがありました。集まっている人たちが一緒に楽しめる道具(ツール)がなかったので、それを提供してあげたいという思いからモンストが生まれています(編集部注:モンストは最大4人まで協力プレイができる仕組みになっている)。

また、課金している人だけが強くなっていく仕組みにもしませんでした。モンストでは課金ユーザーと無課金ユーザーが協力プレイをしたときに、入手できる報酬の量を増やしたり、一人では倒せない敵を倒せたりできるような設計にしたんです。そうすることで、課金ユーザーは無課金ユーザーを助けてあげられるので自尊心が満たせますし、一方で無課金ユーザーは「助かります。ありがとうございます」という気持ちになれる。

そのバランスを上手く取れたことがヒットの要因だったのではないかと思います。そういう意味で、3年かけて課金に対するポジティブパワー、ネガティブパワーの双方を知ることができたのは大きかったなと思います。僕の中ではその研究が役に立ちましたね。

──岡本さんはゲームを開発する際に「社会現象からイメージする」とよく仰っていますが、そのときもリリースした後の社会の反応をイメージされていたのでしょうか?

ゲーム制作は「社会現象からイメージする」 photo / Yuto Kuroyanagi

岡本:最終的にこういう世の中になってほしい、こういう世の中だったら全員が幸せだよねという状態をイメージして常にゲームは制作しています。だからこそ、最近の“Web3.0”と言われる、いわゆるブロックチェーンゲームには危険性があるなと感じています。「Play to Earn(プレイして稼ぐ)」の“Earn”の部分にのみ注目が集まりすぎて、みんな「お金になりそう」という投機目的で始めてみたり、騒いだりしている人が多い。このままではゲームではなく、ただの集金マシーンになりかねない、という危険性があると思っています。

巷で噂のSTEPNは”ポンジ・スキーム”と揶揄されているように、初期のプレイヤーたちが少しでも高い価格で売り抜けよう。売り抜けようとしている。自分はその考えが大嫌いで、自分が良いなと思うSTEPNの理想からは程遠いものになっていますね。

もっとゆっくり、もっと少しずつお金持ちになっていければ良いんやないでしょうか。

ゲームに必要な要素は「不満がないこと」と「目的をつくること」

「TEKKON」の開発について語る photo / Yuto Kuroyanagi

──岡本さんはFracta会長の加藤崇氏が考案したWeb3.0の社会貢献アプリ「TEKKON」の開発にアドバイザーとして参画しています。どのような思いから、アドバイザーとして参画しようと思ったのでしょうか?

岡本:40年ほどお世話になったゲーム業界に恩返しをしたい、社会貢献していかなければという思いが強くなってきたタイミングで、加藤さんと出会ったんです。実際に会って話をする中で目指そうとしている方向性や思いは同じだなと思いました。

加藤さんは人が幸せに生きていくために無駄な作業を排除し、より最適化をすることを考えているんじゃないかと思っています。マンホールを上から見たら、下のコンクリートがどれくらい傷んでいるのかが分かるらしいんです。その手伝いをする民間発のアプリがあると聞き、素晴らしいことだなと思いました。

マンホールの蓋が劣化しているかどうかのチェックは誰もやっていませんよ。地方の自治体に丸投げして「年間で何個交換します」ということを言ってるだけなんですけど、自治体がちゃんと調べてるのかと言ったら相当怪しいです。そこに対して負荷(調査費)をかけるべきなのかと聞かれたらかけるべきですが、もしそれを民間が勝手にやってくれたらありがたくないですか。しかも、それをゲームにするという。その基本コンセプトにはとても共感しています。

──そのコンセプトに岡本さんならではの視点を加えた。

岡本:ボクの視点が入っているかどうかというと難しい部分はありますが、聞かれたことに対してはきちんと意見するようにしています。それじゃ全然ダメですねって(笑)。

例えば、ゲームを開発するにあたって多くの人は一回、人を集めればいいだろうと思っている節があるのですが、人は目的があるから集まる。だからこそ、「マンホールの写真を最も多く撮影した人には〇〇〇万円をあげます」ということを考えるわけです。たしかに、それをやれば人は集まります。当たり前のことだと思います。

ただ、それ以降に賞金が出なくなれば目的を失うわけですから、一気にプレイするユーザーが減ります。マンホールの蓋の劣化具合をチェックするという運営側の目的がなくなることはないですが、賞金だけを目的にしていたら賞金がなくなった途端にユーザーは間違いなく離れていくので、自分は加藤さんたちにそうならないような方法を提案しました。

──具体的にどのような方法を提案したのでしょうか。

photo / Yuto Kuroyanagi

ユーザーがやめていくのを抑えるためのアドバイスとして提案したのは、ゲームをプレイするのにあたって「不満がないこと」と「目的をつくること」です。

人は自分に対して良くしてくれたこと、例えば100万円もらったことに対しては鈍感なんですけど、100万円を取られたという不満やストレスに関してはすごく敏感なんです。

それがなぜ起きるかというと、良くしてくれたことを人に伝える力よりも悪くされたことを人に伝える力の方が何倍もパワーがあるからです。「あいつはすごいやつ」っていうのを一生懸命伝える人はあまりいませんが、「あいつは本当にクソだ」というのを延々と言い続ける人の割合は30倍近くいると言われているくらいです。

また、目的に関しても「マンホールの蓋を撮影したら、効率よく劣化しているマンホールを交換できるようになった」というのは運営側の目的です。ユーザー側はそうではない。

「あなたが撮ってくれた写真でマンホールが新しくなりました」というお礼を直接言ってもらえたら嬉しくないですか。自分が何かを良くすることに貢献できたんだな、と。それで貢献してくれたことに対してポイントが振り込まれることに喜びを覚える。これがユーザー側の目的です。いろんな目的があれば、みんな頑張れると思うんですけど、今はまだきちんと目的を与えられていない気がしてて、そこは改善のポイントでもあります。

きちんと目的が用意されていて、プレイする際に不満やストレスを感じにくい設計になっている。これを両方満たしていくのが重要かなと思っています。

やっぱり「社会貢献したい」という目的を一般の人はあまり持っていません。彼らは楽しいかお金がもらえるかのどちらかがないといけない。最近よく聞く“Play to Earn”はその両方を満たそうとしている概念ですが、今はお金の方ばかりに偏ってしまっています。ゲーム業界はもちろん、多くのユーザーにとって新大陸であるWeb3.0が、悪い人たちのただのお金儲けの道具にされてしまうことを阻止しなければいけないなと思っています。

そういう意味では、TEKKONを通して「ゲームで遊びながら社会にもコミットして、自分の人生そのものをも充実させていく世界を実現させること」、つまりはゲームで遊ぶことで、みんながハッピーに生きられる世界をつくることに挑戦できる機会が得られたと思っていて、今は非常にワクワクしています。Web3.0という新大陸において、もっとユーザーが楽しめるもの、もっとゲームクリエイターが力を発揮できるものをつくれる環境、そして基準となるようなものを今後つくっていきたいなと思っています。

──「社会貢献」という側面では、今後どんなことをしていきたいですか?

子供たちの学びにつなげるゲームで社会貢献 photo / Yuto Kuroyanagi

岡本:自分の人生を振り返ると、社会に対して迷惑をかけたことの方が多いなと思っているので、いろんなことをして社会に少しでもお返ししなければと思っています。

児童福祉施設への寄付や子供食堂への寄付もそうですが、公益財団法人・日本ゲーム文化振興財団の理事長も務めているので、ゲーム開発者を志す後輩たちに資金面で援助してあげたり、ゲームを開発するノウハウを伝えたり、ゲームを介して社会貢献できるようなことには力を入れていきたいと思っています。

ゲームで面白い教育ができないか子供のための学びのコンテンツを開発したり、身近なところで言えば、ゲームを大ヒットさせてFIRE(Financial Independence, Retire Early、経済的に自立して早期リタイアすること)する後輩をひとりでも多く増やしていきたいなと思っています。

また、昔は都市計画の建築を目指していたと言いましたが、今後は自分が生まれ育った愛媛県の愛南町に“ゲーム”という切り口で何かしら貢献できたらいいな、とも考えています。

──最後に岡本さんが影響を受けた言葉と本を教えてください。

岡本:影響を受けた言葉は、カプコン時代の後輩が言った「打たないシュートは入らない」ですね。もうひとつは「僕がいま世界一とれるんだったら、カタン(ボードゲーム)だと思う」という言葉です。特に後者の言葉は聞いたときに、びっくりして。「お前は世界一目指してたんだ」と驚きました。彼は常に世界一になる方法を考えているそうで、世界一は狙ってとるものなのだと思ったのは、眼から鱗の発見でしたね。

また本は『金持ち父さん貧乏父さん』ですかね。自分は1カ月に20冊以上の本を読むので、どれが影響を受けたかと言われると難しいですね。ただ、本の読み方にはこだわっていて。必ず一気に読むようにしていて、一回読んだ本は捨てています。本は何度も読み返すものではないと思っているので、この読み方は少し参考にしてもらえたらなと思います。

【岡本氏が『岡本吉起塾』でメタバース、ブロックチェーンについて解説した動画】

【岡本吉起プロフィール】

OKAKICHI SDN. BHD. ディレクター /株式会社でらゲー ゲームプロデューサー/公益財団法人 日本ゲーム文化振興財団 代表理事
愛媛県出身。90年代初頭、『ストリートファイターII』で空前の対戦格闘ゲームブームを巻き起こす。その後も『バイオハザード』、『モンスターハンター』等の大ヒット作誕生にも関わる。さらに、大ヒットスマホアプリ『モンスターストライク』の開発者の一人としてプロジェクトに携わる。

2017年11月には、公益財団法人日本ゲーム文化振興財団の代表理事となり、若手ゲームクリエイターへの支援を行う活動を展開。2018年にはマレーシア(ジョホールバル)に拠点を移し、新しい形でゲーム開発に関わっている。2018年2月22日にリリースした『キングダム 乱 -天下統一への道-』が好評配信中。
2020年4月に開設したYouTubeチャンネル「世界の岡本吉起Ch」では、過去の苦労話やヒットゲームの条件など、興味深い話を披露している。

【岡本吉起のStoryを作った本

『金持ち父さん貧乏父さん』著者:ロバート・キヨサキ/シャロン・レクター 出版社:筑摩書房

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