【小林孝徳】ニューロスペースが立ち上がるまで 睡眠改善で企業の業績向上
株式会社ニューロスペース 代表取締役社長 小林孝徳
課題解決キーワード:「戦略の基本は最も効果の上がりそうなところに最強の 武器を投じること(リチャード・P・ルメルト)」
小林社長にニューロスペースとはどんな企業なのか尋ねると「ビジネスパーソンの睡眠への不安を改善して、個々人の眠りの質を向上させ、企業の業績をも向上させる会社」と言う。「私たちは睡眠資本主義を掲げています。睡眠は企業にとって資本のひとつです」(小林)
睡眠資本主義とは?
「効率の良い睡眠、つまり身体と脳がしっかりと休息できる睡眠をとれた社員は、仕事の意欲が高まり、業務効率も上がります。睡眠の不安がない社員が勤める企業は、業務効率の良い経営ができます」(小林)
つまり、睡眠に満足することは社員個人の満足にとどまらず、企業の経営の円滑さにまで影響する。ニューロスペースは、睡眠を整え、健康経営のサポートをする。
睡眠の重要性に気づいた小林は2013年、26歳のときに起業した。当時、睡眠と経営が結びつくという考えは、ほとんどなかった。
遊びのルールを決めていた子供時代
小林は1人っ子で理科好き。一輪車が得意で祖父母が好き。周囲の顔色をうかがうタイプではなく、ガキ大将的に周りを巻き込むタイプだった。
「ジャングルジムのなかで鬼ごっこをしたら面白いのではないかと思いついて。遊びのルールを自分が決めて、友だちを巻き込んでいました」(小林)
ゲームの『鉄拳3』の格闘シーンの蹴り技を真似て、歯を二本、折ったこともある。子どもの頃からやんちゃなリーダーシップを発揮していた。
その後、理科好きだった小林は新潟大学物理学部に進む。バイト先の不誠実な居酒屋の店長には「間違っている」と反論する。つねに自分の思っていることを率直に意思表示していた。
眠れないビジネスマン時代
「社会人として仕事をするなら、ビジネスを学ぶべきだ」とビジネススクールに進学した。そして1年生のときにインターンとして人材輩出企業で知られるIT企業に勤めた。
大学院を退学し、勤務先はオークションのIT企業に変わった。2年間勤めるうちに、毎日4時間しか眠れない自分に悩んだ。「疲れを抱えて出社して、集中力がないまま仕事に向かうことに疑問を持ち始めた」(小林)
起業、そして貧しい3年間
入浴はランナーズ・ステーション
2013年、26歳のときに、睡眠サービスを提供するニューロスペースを立ち上げた。「貯金は100万円しかない。家賃が6万円。でも、まず行動してから考えようと思い切って起業した」(小林)
入浴代まで切り詰めた。走るのが好きだった小林は「皇居近くのランナーズ・ステーションで毎月2000円を払えば、毎日シャワーが浴びられるので入浴代が節約できた」と言う。
企業広告のランニングウェアから益子焼まで
様々なビジネスのアイデアを試した。「企業の広告を載せたランニングウェアで皇居を毎日走ることで広告費が稼げないかと……」(小林)ネットで地元の益子焼を売ろうとも考えた。「睡眠のデバイスを独自に開発しようとしたときには、会社の口座には5万円しか残っていませんでした」(小林)
やっと訪れた転機
吉野家河村社長との出会い
その後転機が訪れる。2015年9月に株式会社リバネス主催のテックプラングランプリで審査員を務めていた吉野家の河村泰貴社長との出会いだ。
河村社長はアルバイトから店長を経て社長に就任した経歴がある。河村社長自身も、かつて店舗勤務の時代に睡眠に悩んだ過去があった。
「さっそく吉野家さんで睡眠セミナーを実施しました」セミナー参加者は、「睡眠の長さと質とは異なるのか」「シフト勤務であっても睡眠は改善できるのか」と矢継ぎ早に小林に質問を浴びせてきた。
睡眠は技術だ
河村社長は「ここまで質問が活発なのは初めてだ」と驚いたと言う。小林は河村社長に「睡眠は技術です」と伝えた。そして、吉野家を挙げて睡眠改善による健康経営への取り組みが始まった。2016年の3月のことだ。
ニューロスペースは、ここから睡眠改善を実現する企業として、メディアや多くの企業からも注目を集めることになっていく。
効率的な経営施策を「眠り」の視点で
企業の睡眠を改善
ニューロスペースは依頼のあった企業にさまざまな睡眠の施策を提供する。まずは、睡眠に関するセミナーを開き、良質な眠りとは何か、睡眠障害とは何かといった基本情報から、深い睡眠をさまたげる原因は何か、どうすれば深くより良い眠りが取れるかという解決法の情報まで提供する。
「セミナーで講演を聴いてもらうだけではなく、その企業の従業員向けに睡眠についてのメルマガを制作し配信します」さらに、社員のひとり一人にスマートウォッチをつけてもらい、睡眠のデータを収集する。
「睡眠が上手く取れていない方には、一対一で“眠りをさまたげている原因は何か”を探り、“どうすれば良い眠りをとることができるか”という改善策を伝えます」(小林)
「個人の睡眠データは個人情報なので開示はしません。ただし、包括的に睡眠データを企業側に示して“会社全体として、社員の眠りを守るための施策”を提案します」(小林)
「朝型」「夜型」それぞれの働き方
たとえばフレックスタイム制の提案はそのひとつだ。朝型、夜型の言葉は何となく、みんなが知っている。しかし朝型や夜型が、生活習慣だけで決まるのではなく、遺伝子レベルで生まれつき決まっていることを知る人は、そう多くはないだろう。クロノタイプだ。体内時計は、起床と就寝をつかさどる。
朝日が昇るとともに起床して、日中に活動し、夜の0時をまたがず就寝することが模範のように捉えられている。
「夜型の人が、午前8時までに会社に行って、朝型の人たちと同じようにパフォーマンスを発揮しようとしても、非効率になってしまうケースがあります。頭ははっきりしない、身体が思うように動かない」(小林)
小林は、やや夜型だ。
睡眠のタイプを知れば経営は円滑になる
睡眠タイプを知らないと悪循環
「クロノタイプで夜型だと判明した社員は、午後からのほうがパフォーマンスを発揮できます。企業がそのことを理解して、フレックスタイム制勤を導入していないと、多くの夜型の社員は、サボリ屋のレッテルを貼られることになります。そして自分を責めながら働くという悪循環に陥っていきます」
社員個人にとっても、企業にとってもマイナスが続くことになる。そうしないために、睡眠デバイスを社員ひとり一人に装着してもらい、睡眠データを収集する。
企業が社員の睡眠タイプに合わせる
ニューロスペースは、企業が社員に合わせるというよりも、企業が社員の睡眠のクロノタイプに合わせて就業規則を整えることを提唱する。社員にとっても、企業にとってもプラスの結果を呼ぶからだ。
スマートウォッチで収集された統計データは、企業のどこに届けられるかというと、人事部や企業の保健師のことも、経営者の場合もある。
「睡眠を企業内のどこで扱い、管理するかについてはまだ途上です。その企業ごとに臨機応変に対応しています。」
睡眠ビジネスは発展途上である。伸びしろがあるだけニューロスペースの発展もまた可能性が大きい。
「いかに眠らないか」から「しっかり眠る」へ
「かつての日本の働き方は“いかに眠らないか”でした。まず仕事の量をいかにこなすか。そのためには、睡眠時間を削って仕事をするのが美徳だ、とみられてきました」
この価値観に、小林は警鐘を鳴らす。
「日本の人口が減っていくなかで、これからはひとり一人の生産性を上げなくてはいけない。さらに経済の生産性にとどまらず、ひとり一人の幸福度を上げることが大事です」
睡眠が資本だと説く小林は、睡眠こそが社会の潤滑油だという。
「“しっかり眠る”こと。すっきりした頭と身体で仕事をすること。睡眠を大事に考えることは、個人にとって、経営にとって、社会にとっての資本そのものです」
睡眠資本主義で世界は良くなる
ニューロスペースは、これまで100社以上、1万5千人以上にサービスを提供してきた。しかし日本全国では3千万人以上が睡眠に悩みを抱えているといわれている。睡眠への悩み、不安、問題を解消して、企業の経営効率をあげ、日本の経済を持続的に発展させていく。
ニューロスペースの小林が掲げた睡眠資本主義に、これからどれだけの企業が賛同し、睡眠改善に取り組むのか。
第2回に続く
【小林 孝徳 プロフィール】
株式会社ニューロスペース 代表取締役社長
1987年生まれ。新潟大学理学部物理学科卒。素粒子物理学専攻。2013年12月にSleepTechベンチャー・株式会社ニューロスペースを設立。 睡眠の悩みを根本的に解決すべく、大学や医療機関と連携し『法人向け 睡眠改善プログラム』を開発。吉野家やANA、DeNA、東急不動産ホールディングスなどの大企業を中心にこれまで約100社1.5万人以上のビジネスパーソンの睡眠問題を解決してきた。あらゆる人々の眠りの不安をなくし、社会が持続的に発展するために睡眠が必須である文化を創出することをビジョンとしている。
【小林 孝徳 著書】
『ハイパフォーマーの睡眠技術』~人生100年時代、人と組織の成長を支える眠りの戦略~ 著者:小林孝徳 出版社:実業之日本社
【小林 孝徳のSTORYを作った本】
『良い戦略、悪い戦略』著者:リチャード・P・メルト 訳:村井章子 出版社:日本経済新聞出版