【武藤久美子】リモートワークのマネジメントの課題を解決する 3つの「こ」
リモートワークの広がりは働く人の環境や心境に変化をもたらしました。その変化に合わせてマネジメントのやり方を変えていくことが求められています。リモートワーク下で必要とされるメンバー支援は、対面のマネジメントをも進化させ、企業と働く人がより良い関係を築くことにつながります。
今後のリモートワークはどうなる?
東京都が毎月発表している統計*よると、2021年8月に従業員30人以上の都内企業におけるリモートワークの実施率は65.0%と過去最高を記録しました。図のように2020年4月に実施率が跳ね上がり、年末にかけて徐々に低下していきましたが、2021年1月から再び6割前後で推移しています。また、多少ではありますが、リモートワークの実施率が緊急事態宣言の発令に連動しているように見受けられます。
*テレワーク実施率調査結果|東京都 (tokyo.lg.jp) (*東京都産業労働局報道資料より)
新型コロナウイルスに伴う第1回目の緊急事態宣言発出から1年半の間に企業のリモートワークに対する考え方は変化しています。2020年4月時点では、緊急事態宣言が解除されたら元の状態に戻り、リモートワークをやめるのだろうと多くの人が考えていました。しかし度重なる緊急事態宣言の発令で、緊急対応としてのリモートワークを断続的に強いられたことによって、「緊急事態宣言下での実施形態とは異なるかもしれないが、これからもリモートワークとうまく付き合っていくしかない」というムードになりつつあるようです。
当社がリモートワークを導入した2013年から私自身も実践し、リモートワークの良さや課題を肌身で感じながら、さまざまな企業のリモートワーク導入を支援してきました。
このようなバックグラウンドをもとに、2021年3月に『リモートマネジメントの教科書(クロスメディア・パブリッシング)』を上梓しました。コロナ禍の真っただ中、今まさに企業で起こっている問題を取り上げたことで、読者の皆さまからは多くの反響がありました。
寄せられる感想は大きくは二つに分かれます。一つは「自分の会社の現状をまるで見てきたかのような現実味がある」というもの。そしてもう一つは「リモートマネジメントは、物理的に離れたメンバーのマネジメントということに留まらず、企業と社員の関係性の変化の流れを受けたこれからのマネジメントの姿を示している」というものです。
私は全員がリモートワークに切り替えるべきとは考えているわけではありません。しかし、これからは企業もマネジャーも、企業と個人の関係性を改めて考える段階に来たように思います。一歩進んだ関係性においては、社員・チームが一番力を発揮できる状況を選べることが大切で、その選択肢のひとつとしてリモートワークがあるのではないかと考えています。
リモートワークがマネジメントに与える影響
リモートワークはマネジャーの仕事にどのような影響を与えたのでしょうか。私はリモートワークでもオフィスでの仕事でもマネジャーの役割は同じだと考えています。しかし、リモートワークに移行したことでマネジメントの難易度はかなり高くなっており、リモートワークによって起こった変化に合わせてやり方を変える必要があります。
今までマネジャーの多くは、「偶然とついでの機会」を使って情報を収集していました。例えば、新入社員とベテランの社員が2人で会議室に入っていくのを”偶然”目にして「新人が何か失敗したみたいだからフォローしよう」と考えたり、顧客訪問の”ついで”に「最近どう?」と個人的に抱えている問題を聞き出したり、といったことです。
しかしリモートワークに移行してその得意技が使えなくなりました。結果どうなったかというと、「過干渉」「放置」の2つに分かれてしまったのです。
偶然とついでの機会をリモートワークに置き換えようとすると、毎日全員に「最近どう?」と聞くことになります。この過干渉はマネジャーもつらいし、メンバーはもっとつらいです。
放置は「何かあったら相談に来てね」と言うだけで、物理的制約があるために何かすることをあきらめてしまうパターンです。何も相談が来なかったので問題ないと思っていたら、メンバーが相談できない状況になっていて、顧客から「どうなってるんだ」とクレームが来てしまった…というような問題が起きやすくなります。
リモートワークでメンバーが陥りやすい問題とは
リモートワークではマネジャーが一人一人の働きぶりを見ることができないため、メンバーに自由とそれに伴う責任をもたらします。
リモートワークは、マネジャーが細かく指示を出すことはできないので、メンバーにまかせる場面が増えてきます。メンバーはより自律的に業務を遂行でき、それがモチベーションの向上や周囲からの評判につながり企業の生産性に貢献するという好循環を生み出します。
一方で自由に伴う新たな責任も生まれています。家族がいる中で自宅にパフォーマンスを発揮できる環境を自ら構築する必要があります。今まではマネジャーが働きぶりを見てくれていましたが、リモートワークでは周囲を安心させるために「私は組織の方向性に従って仕事を進めています」と働く人が自分から発信しなければなりません。マネジャーも大変ですが、働く人にとっても負荷がかかる環境になっているのです。
次にリモートマネジメントの全体像を分かりやすく説明するために図をご紹介します。
まず、働く環境が変わる中でメンバーが陥りやすいのが、次のような問題です。
①自由を享受できる状況にない
②ソロワークで孤軍奮闘、小さくまとまる
③今の会社・組織に属する意味が薄れやすい
①自由を享受できる状況にない
周囲の人と連携して自律的に仕事を進めるには、相応の経験・スキルと人脈が必要です。経験の浅いメンバーや、中途入社で社内の人間関係が築けていない人に同じように仕事を任せるのは、あまりにも乱暴です。自由はあるが、自由を享受できる状況にない人がいることを認識しなければいけません。
②ソロワーク化で孤軍奮闘、小さくまとまる
リモートワークは物理的に人がそばにいないため、短期的には「自分がこんなに困っているのに誰も助けてくれない」という状況に、長期的には、日々の業務遂行で直接関係のある人や情報にばかり接する状況が続くことで、「同じことの繰り返しで新しい学びがない」という状況に陥りやすくなります。
③今の会社・組織に属する意味が薄れやすい(遠心力)
自由を享受できる人は、自律的に業務を遂行できるがゆえに「自分一人だけの力で仕事をしている」と(勘違いも含めて)感じてしまい、「会社やマネジャーは何もしてくれていない」と考える傾向にあります。リモートワークでは、会社の方向性と自分の仕事のつながりを感じる機会が減ってくるからこそ、余計に会社・組織に属する意味が薄れやすくなります。
リモートワークのマネジメントをアップデート!意図して行う3つの「こ」
リモートワークでのメンバーの変化に対応し、メンバーが陥りやすい状況を解決するためには、3つの「こ」について“意図して”支援する必要があります。
3つの「こ」とは
① 個として立つ
② 心の距離が近い
③ ここがいい
を意味します。
著書では、3つの「こ」を10のポイントに分け、マネジャーに実施してほしい行動を紹介していますが、ここではその中からいくつかピックアップしてご紹介します。
個として立つ
「個として立つ」とは「自律的に必要な人とつながり、組織が目指す方向性に沿った良い動きを行い、成果を上げている」という本来目指すメンバーの姿です。著書では5つのポイントを挙げました。詳しくはぜひ本を読んでいただきたいのですが、その中から2つご紹介します。それは、
●メンバーの自律度を見積もる
●メンバーのタグをつくる
です。
●メンバーの自律度を見積もる
マネジャーがリモートワークで「偶然とついでの機会」を封印された時、メンバーに過干渉になったり、放置したりするのではなく、「メンバー自身の自律度」と持っている仕事の性質に合わせ、どれくらい関わるのがちょうどいいかを考えることが大切です。「これは支援が必要そうだ」「これはまかせていい」と分け、具体的にどういう支援が必要かも想定しておきます。
そしてその内容をメンバーと共有しましょう。たとえば、「この仕事はあなたのこれまでの経験が活きるので、どのように進めるかもお任せします。ただ、役員への報告は一緒に関わろうと思うのですが、どうでしょうか」といった形です。
今までは自律度の見積りを曖昧にしていました。「偶然とついでの機会」があったため、うまく修正できていたからです。リモートワークではそれができないので、自律度をしっかりと見積もらないと、メンバーと意識が合わないままに物理的距離が離れ、問題が大きくなってしまう可能性があります。
●メンバーのタグをつくる
メンバーをブランディングすることを「タグをつくる」と呼んでいます。「個として立つ」を実現するには、メンバーは何ができて、どのような経験があって、どのようなことに関心があるかを周囲やまだ縁のない関係者にも知ってもらった方が良いでしょう。ブランディングといっても、特別な能力でなくて結構です。「仕事ぶりや進め方で褒められることが多いこと」「こんなことに興味がある」といったことを自覚し、周りの人に広く知ってもらえれば、メンバーは自分の足で立っている感じを持てると思います。
今までタグは、上司と人事部門といった限られた人にしか共有されていませんでしたが、広く共有することで人とのつながりが生まれ、新たな分野の仕事をするチャンスにもなります。そして半年・一年ごとにどんなタグがついたのか、どんなタグをつけていきたいのかをメンバーと一緒に考えていくのがポイントです。
心の距離が近い
「心の距離が近い」とは、メンバーが、会社、自組織、他部署の方向性に共感し、自分の仕事とのつながりを感じられる状態です。加えて、地理的に離れていても、マネジャー、同僚、先輩・後輩、社内外関係者に、自分の存在が受け入れられており、そうした「みんな」の存在も感じられる状態を指します。
私も日々コンサルタントの同僚と仕事の話や家族の話をして「自分一人で戦っているのではないんだな」「土地勘のある仕事をしているだけではなくて、新たな挑戦もしないといけないな」と考えます。周りの人と心の距離を縮めることで、そうした思いが芽生えてくるのだと思います。
マネジャーとして心の距離を縮めるためにまずやるべきことは、メンバーを気にかけるということです。1on1ミーティングを取り入れている企業は多いかと思いますが、それとは別に「この時間はWeb会議室でスロットを開けておくから相談があったらいつでも声をかけてね」と周知したり、カレンダー上で明示したりするのもひとつの方法です。
というのも「いつでも相談してね」と言うマネジャーは多いのですが、いざ声をかけるとつれない態度を取るということはよくあるからです。メンバーのために時間を空けてあるとわかっていれば、メンバーも安心できます。リモートワークでは「いつでも相談してね」を意識的に具体策に変換することが必要になります。
またメンバー同士をつなぐ活動も必要です。「自分もチームの一員なのだ」という気持ちを育み、居場所をつくります。グループミーティングでもオンラインランチでもよいのですが、接触回数を増やすとともに、今までどんな仕事をしてきたのか、どんなことに関心があるのか、その人のことを立体的に知る機会を提供していくと互いを受け入れる状態を作ることができます。
ここがいい
社外からみても魅力的な人が、積極的にこの会社を選ぶという状態を指します。選ばれるには、働く人が大切にしていることが会社・組織で提供するもので満たされる必要があります。何を大切にするかは人それぞれなので、会社やマネジャーが提供できる要素のバリエーションを増やしていけば、「ここがいい」と言ってもらえる可能性が高くなります。
これまで多くの企業では、仕事と出産・育児といった生活の両立を目指す「ワークライフバランス」に取り組み、一定の成果を上げてきました。ワークライフバランスという言葉は仕事と生活を天秤にかけることを想起させ、生活から仕事だけが切り離されて考えられていたように思います。
しかしリモートワークにより、良くも悪くも仕事とそれ以外の生活が融合した「ワークインライフ」に移行しています。その中で生活の質が上がった、家族との時間を持てるようになった、といった体験をすることで、「人生の中で仕事以外にも大切なことがある」と気付いた人は多いはずです。
そのためまずは、その人が働くということに何を求めているのか、会社選びや仕事選びで大事にしていることを知り、実際に会社や職場は満たしたり、支援したりできているのかを考えることが大切です。本件は、マネジャーや職場だけでは難しく、会社の施策として提供できることに左右されることが多いのも事実です。しかし、辞めてほしくなかった人が辞めていく、将来を期待していた人が辞めていくというケースでは、「会社選びや仕事選びでその人が譲れない点が満たせていたか」「その人をがっかりさせる出来事がなかったか」を振り返ることは、同じようなことを減らすために重要でしょう。
今こそリモートワークのフェアウェイを作ろう
いままで緊急避難的なリモートワークを苦労しながらなんとか続けてきました。今は、コロナ禍が収束して平常に戻った時のリモートワークとの付き合い方を考える時期に来ていると思います。
これまでマネジャーの皆さんは、工夫と知恵を駆使してがんばってきました。今までの取り組みを大事にしながら、依然として残っている課題や、マネジャーの努力と献身だけで成り立っているものを改めて考えていきましょう、と顧客の企業ともよく話をしています。
リモートワークを長く続けることで「あの人はいつもWeb会議でカメラをオンにしない」といった細かいことから「自分の成長が鈍化している気がする」「同じチームの人がさぼっている感じがする」といったもやもやした思いをみんなが抱いており、テレワークの悪い面が表面化しています。
リモートワークの課題が見えてきた今こそ、みんなが問題だと思っていることや工夫を持ち寄って、リモートワークとうまく付き合う方法、つまりリモートワークのフェアウェイ、マネジメントのフェアウェイを決める絶好のタイミングなのだと思います。
リモートワークは、働く人が大切にしていることを会社が満たすための一つの選択肢
リモートワークでマネジメントの本質が変わるわけではありませんが、もたらされた変化に対応してやり方を変える必要があります。
メンバーが「個として立つ」「心の距離を縮める」「ここがいい」という状態になるよう、意図して支援する必要が出てきたということです。今までの「偶然とついでの機会」がないリモートワーク下では、マネジャーは今まで感覚でやってきたことを意識的に具体策に変換し、支援する必要があります。
苦労しながらリモートワークを続けてきたことで、多くの人が仕事に対する考え方、仕事以外の時間を大切にする思いなど、いろいろなことに気付いてしまった、というのが働く人の今の状況です。リモートワークは、変わりゆく価値観の中でその人が大切にしていることを会社が満たすためのひとつの選択肢になるでしょう。
アフターコロナのリモートワークはどうあるべきなのか、マネジメントはどうあるべきなのか。みんなで問題点や工夫を持ち寄って考えていく時期に来ています。
著者プロフィール:武藤久美子 (ぶとう・くみこ)
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
エグゼクティブコンサルタント
2005年株式会社リクルートマネジメントソリューションズ入社。
組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。業務改革、風土改革、人材育成を同時実現する手法を得意とする。
早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。
【武藤久美子 著書】