2022.10.14

下水汚泥肥料で地産地消のSDGs 「こうべハーベスト」で実現する食の循環ストーリー

大橋博之

インタビューライター・SFプロトタイパー


神戸市 建設局下水道部 担当係長

岡直弘

下水に含まれるリンから作られた肥料「こうべハーベスト」が、今注目を浴びている。

神戸市では、2012年から下水のリンの活用に取り組み、「こうべハーベスト」を製品化した。

現在、日本でリンは生産されず、ほぼ中国からの輸入に頼っている状況だ。中国はリン生産量世界一を誇るが、その埋蔵量は減少しており、他国のためにリン鉱石を安価で輸出し続けることに制限をかけ始めた。

現在、リンの価格が高騰している。リン自給率ゼロの日本がこの危機を脱するには、国内に埋もれているリン資源を生かすしかない。期待が寄せられる「こうべハーベスト」について、建設局下水道部 担当係長の岡直弘氏に聞いた。

リンを回収するだけでなく資源として有効活用

「こうべハーベスト」に取り組んだ経緯について教えてください。

岡:リンは、下水処理場においてはとても厄介な存在です。海に流れると富栄養化になってしまい、海洋環境を悪化させます。そのため下水処理場で処理しなければなりません。また、リンは下水に含まれる他の成分と化学的に反応して固まるため、下水処理場にある配管に固形化し、配管を閉塞させてしまいます。閉塞すると下水処理に支障をきたすため、定期的に配管を洗浄する必要があり、苦慮していました。

下水中のリンを効率的に除去・回収する方法を総合水事業会社である「水ing」と共同研究をすることになったのが2012年です。国土交通省が推進する「下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト)」に応募し、採択されたことでリン回収設備を建設することができました。

リンを回収できるようになり、ミッションは完了したのですが、リンは役に立つものです。廃棄するのは惜しい。有効活用できる方法はないかと考えたところ、肥料にするのが最も使い勝手が良いのではとなり、製品化を進めることになりました。肥料の三大要素(窒素・リン・カリウム)のひとつであるリンは、食料生産において不可欠な資源です。

最初の肥料は、生産者に受け入れらず

─その後プロジェクトは順調だったのでしょうか?

岡:2012年から「KOBEハーベスト(大収穫)プロジェクト」と銘打った実証研究を、神戸市、水ing、三菱商事アグリサービスとでスタートさせました。このプロジェクトは、下水の消化汚泥からリンを高純度に精製して取り出し、肥料として農地に還元することを目指した取り組みです。ここで生まれた「こうべ再生リン」を化学肥料として登録しました。

ところが、生産者さんにヒヤリングしたところ、「こんなものは使えない」と言われてしまいました。

─それはどうしてなのですか?

岡:「こうべ再生リン」にはリンの他にアンモニア(窒素)とマグネシウムが含まれています。このリンとアンモニア(窒素)のバランスが悪い。肥料として使うには窒素成分が少ないとのことでした。また、「こうべ再生リン」は砂のようにサラサラなものだったため、風で飛んでしまうと。

─どのように取り組んだのでしょう?

岡:この「こうべハーベストプロジェクト」の取組みをJA兵庫六甲が気に入ってくれました。下水からリンを回収し肥料として再び地域で使用するという資源循環の取り組みが良いと。そして、JA兵庫六甲から、ハーベスト肥料の製造に際し、様々なアドバイスを頂きました。 

まず、形状の問題は、ペレット化することで対応しました。また、リンのバランスの問題についても改善して、他の有機肥料成分も加え、やっと、生産者さんが使いやすい肥料「こうべハーベスト」が誕生しました。

神戸市には人と環境に配慮して栽培された「こうべ旬菜」というブランドの野菜があります。有機肥料を50%以上使用した安全・安心な食材です。こうべハーベストを使用して栽培した野菜は、この「こうべ旬菜」を名乗ることができると評価してもらったのです。そこからお付き合いのある生産者さんを紹介してくれて、既存の肥料と同等の効果があることを調べるための試験栽培を行うことができました。また、肥料の設計やアドバイスもいただきました。

試験の結果は良好だったことで2015年から「こうべ再生リン」を配合した「こうべハーベスト」の販売を開始しました。

10年前に開始した「こうべハーベスト」に注目が集まる

「こうべハーベスト」が現在注目されています。

岡:「こうべハーベスト」のプロジェクトが開始したのは10年前ですが、このように注目されたのは初めてです。開始当時は、まだSDGsは言われていませんでした。

環境負荷の削減に興味のある企業やJA兵庫六甲のおかげでプロジェクトがスタートできました。

農林水産省の「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現や化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減、化学肥料の使用量を30%低減といった目標を掲げています。「こうべハーベスト」はこの「みどりの食料システム戦略」で推奨品として取り上げられました。

神戸酒心館さんは、SDGsに貢献できる「こうべハーベスト」を気に入ってくれて、「こうべハーベスト」で育てた酒米(山田錦)を原料とする日本酒「純米吟醸酒『環和-KANNA-』」を販売しています。

─中国のリンの輸入規制も、現在注目が集まる要因のひとつかと。

岡:日本は自前でリンを採掘できず、中国などからの輸入に頼っています。「こうべ再生リン」は税抜きで45円/㎏です。これはランニングコストでかかった費用だけを算出しての価格です。それでも輸入するリン鉱石の方が安価で、そのため肥料メーカーからは不評でした。

ところが近年、埋蔵量の減少が指摘され、輸入価格が上昇してきました。そのことで「こうべ再生リン」が今になって注目されるようになってきました。

とはいえ、価格が高騰しているから「こうべ再生リン」を使う、というのでは、安価になると使わないということになってしまいます。「こうべ再生リン」はSDGsに貢献できる商品だということをアピールしなければ、この事業は安定しないと考えています。

「こうべ再生リン」のメリットは地産地消ストーリー

こうべ再生リンのメリットは何なのでしょうか?

岡:下水汚泥からリンを回収する方法は何種類かありますが、他の方法に比べてリンとアンモニアの高い濃度から抽出できることがメリットです。他にゆっくり溶けるのもメリットです。通常の肥料は雨が降ると流れてしまいます。ゆっくり溶けるので、食物にゆっくりと効いて行きます。肥料としての効率は良いと言えます。

また、生産のためのエネルギーも少なくて済みます。さらに、産業廃棄物の削減にも役立っています。

一般的に下水汚泥から作られる肥料はコンポストと言われるもので、汚泥を発酵させて肥料とします。ただし、それは地方だからできることです。都市部だと、工場排水などの影響で汚泥に重金属が混じることから心配されて使われない傾向にあります。「こうべ再生リン」は作る過程で選択的に抽出し、リンとアンモニアだけを科学的に反応させています。重金属が混じらないから安心して使えることはメリットだと考えています。

─他の自治体でも同様のプロジェクトがあるようです。他の自治体との違いは何ですか?

岡:福岡市が同じ方法でリンの回収をはじめたと聞いています。また、回収方法は異なりますが、岐阜市や島根県でも取り組んでいるそうです。

そのなかで神戸市が違うのは、地産地消だということです。JA兵庫六甲西営農総合センターさんの協力により神戸市の生産者さんに活用していただき、それを神戸市民が食して、また、神戸市の下水に流れるというストーリーがあります。これは神戸市が最も進んでいると思います。

「こうべハーベスト」の今後の可能性

「こうべハーベスト」の普及のうえでの課題は何でしょうか?

岡:課題はコストと需要です。先ほど言ったように輸入するリン鉱石の方が安い。しかも、電気代が高くなってきています。それでもコストを下げる努力は続けて行きたいと考えています。また、生産者さんは肥料を変えることを嫌がります。肥料を変えることで生産量が変わると困るからです。生産量は収入に直結します。

そのため、我々は神戸市経済観光局と連携し、再生リンが入った肥料に対して購入費の一部を負担する仕組みを作り、肥料変更の動機付けを行っています。そのことで購入してくれる生産者さんも増えています。

イメージの課題もあります。下水から生まれた肥料で作られた農産物を口にすることに、心理的な抵抗感を持つ人もいらっしゃいます。それは国土交通省も同様で、下水道資源の有効利用に取り組んでいる地方公共団体等のネットワーク「BISTRO下水道推進戦略チーム」を設けたり、下水道発食材の愛称を「じゅんかん育ち」と命名したりしてイメージアップを図っています。

「こうべハーベスト」の今後の可能性はいかがでしょうか?

岡:リン回収設備の能力は年間8万7200立方メートルの汚泥を処理し、130トンのリンを回収できます。しかし、2021年度の販売量は約25トンでした。まだ能力を出しきれていません。神戸市としては今後、生産者さんに活用していただけるよう努力して行きたいと考えています。

また、現在は東灘処理場という市で最も大きい処理場の1/4の汚泥しか使っていません。東灘処理場だけでも4倍に増やせますし、神戸市の他の処理場でも展開すれば、神戸市の生産者さんが使う肥料全てを賄えると考えています。

生産量を増やすことで市外にも展開できるでしょう。この資源循環の取り組みを進めて行けばもっとポテンシャルは出ると考えています。

─今後あるべき姿や国の支援策はどのようなものでしょうか?

岡:国家プロジェクトとして捉えてもらえるようになるととてもありがたいです。国土交通省でも下水汚泥を活用することを推進しているので、緊密に情報共有・協議していければと思います。

下水処理場ではリンだけでなく、メタンガスを天然ガスの代替として自動車で使う、都市ガスに使う、発電などのエネルギーとして活用しています。新しい取り組みとしてリンの回収を行っています。

そもそも下水処理場は水を再生する、海の負荷を減らすと言ったSDGsにつながることに取り組んできました。「こうべハーベスト」は今まで廃棄していたリンを利用します。地域で地産地消するという取り組みはまさにSDGsです。

その意味ではとても有意義な事業だと思っています。今後、この活動を伸ばし、更なるSDGsに貢献したいと考えています。

【岡直弘 プロフィール】

神戸市建設局下水道部計画課 担当係長(新技術担当)

新技術の下水道事業に対する導入検討・評価等やこうべ再生リン事業に関する事業全般(調整・広報等)を担当。また、農家やJAとの協議によるハーベスト肥料の効果把握や、食育と兼ねたイベント等を行う。

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