「介護しながらテレワーク」離職せずに働き続けて見えたフェアな働き方
株式会社テレワークマネジメント 代表取締役
田澤由利
高齢化が進む日本において、介護で望まない離職や退職をしている人は少なくありません。経済産業省は、2023年3月14日の産業構造審議会で、働きながら介護にあたる「ビジネスケアラー」の離職や労働生産性の低下に伴う経済損失額が、2030年に約9.2兆円にのぼるという試算を示しました。私自身はテレワークによって介護をしながら働き続けることができましたが、単にテレワークをすれば介護と仕事を両立できるわけではありません。介護をする人のためだけではなく、企業と働く人、双方に役立つテレワークが実現できてこそ、働き続ける選択ができると考えています。
どこにいても働き続けられる社会を目指して
私がテレワークという働き方を強く意識したのは、夫の転勤で勤務していたメーカーを退職した時です。「仕事が大好きで会社からも辞めるなと言われているのに、なぜ働くのをあきらめなければならないのだろう」という気持ちでいっぱいでした。
働き続けられなかった理由を突き詰めると、毎日通勤することができなかったからです。当時携わっていた商品企画はチームで仕事をするため、一人だけ会社に行かずに仕事をすることはできませんでした。そこで「会社で働く人でも自宅で働く人でも、チームで仕事ができる社会になるといいな」と考えて、1998年に株式会社ワイズスタッフを設立。ワイズスタッフでは、働く仲間が離れていてもインターネット上で協力し合い、チームで仕事ができる環境の構築を目指しました。
当時は「テレワークって電話の仕事ですか」と聞かれることもあるほど、テレワーク自体が全く普及していませんでした。しかし2003年7月に日本政府が掲げた「e-Japan 戦略Ⅱ」でテレワーク人口の数値目標が示され、2007年に「テレワーク人口倍増アクションプラン」が発表されたことで、施策が具体化されていきました。
こうした政府の動きを足掛かりにテレワークを広めていきたいと考え、2008年に日本初のテレワーク専門のコンサルティング会社として株式会社テレワークマネジメントを設立しました。なぜこの社名にしたかというと、ワイズスタッフを経営してきた経験から「テレワークこそマネジメントが大切だ」と実感したからです。
企業にも働く人にもメリットのあるテレワークとは
コロナ禍に直面し、テレワークが一気に普及したものの、間違った認識が広まっており、本当に役立つテレワークにはなっていません。
2016年から国が力を入れてきた「働き方改革」において、その方策としてテレワークも注目されました。しかし、実際には「長時間労働の削減」に重きが置かれていたため、多くは議論されませんでした。私に言わせると「休み方改革」に近いイメージです。残業を削減したり、休日を増やしたりすることは、「仕事をしないで休む」施策です。企業としてはそのための制度を導入することになります。それに対してテレワークは働き方そのものを変えることなので、働く環境やマネジメント方法を整備しなければなりません。テレワークが注目されて嬉しく思う一方で、休む施策とテレワークが並列に扱われることには違和感がありました。
そして現在ではテレワークが「感染症対策としての在宅勤務」という認識から抜け出せずにいます。緊急導入したテレワークは、メリットがありつつも様々な課題を浮き彫りにしました。そのため「感染リスクも落ち着いたし、テレワークではうまくいかないから出社しよう」という状況になっています。
テレワークは、感染症対策のためだけではありません。人は誰でもパートナーの転勤や子育て、介護といった人生の転換期に直面します。持病や障がいで毎日の通勤が困難な人もいます。在宅勤務でも、地方勤務でも、出社と同様にフェアに働けるテレワークが不可欠であり、それは企業にとっても働く人にとってもメリットをもたらすと考えています。
しかし総論を伝えるだけでは、企業も働く人もテレワークを「自分ごと」としないままになってしまいます。そこで、今、私はいくつかの具体例に分けて自主セミナーを開催しています。「経済活性化」「少子化対策」「男性の育児休暇」「障がい者雇用」「ジョブ型雇用」、そして今回のテーマである「介護」もそのひとつです。私自身、親の介護をしており、介護をしながら仕事を続けた経験談をセミナーで伝えています。
私が実践した介護をしながら働き続ける道
内閣府が2019年1月に発表した「介護離職の現状と課題」によると、介護を理由に退職する人は2017年で約9万人となっており、10年前と比較して2倍に増加しています。そしてこの先、より多くの人が介護の問題に直面することは誰の目にも明らかです。
介護をする年齢層の多くは、会社で重要なポジションに就いています。屋台骨となる人が退職するのは企業にとって痛手です。働く人にとっても、退職すると収入の道が絶たれることになり、人生設計の上でも望ましくありません。
国は介護と仕事の両立の支援策として、年間で5日(対象家族が2人以上の場合は10日)取得できる「介護休暇」や通算93日休業できる「介護休業制度」も用意しています。こうした制度も活用するべきですが、長期で休むとキャリアが断絶してしまいます。
私自身が介護をした経験から、介護の問題に直面したとしても、離職せずにすむ働き方として、テレワークがあると感じています。しかし国の介護支援策にはテレワークが入っていません。これは大きな課題ではないでしょうか。
「認知症の親がそばにいる状態で、仕事ができるはずがない」という意見もあります。そのような状況であれば、私もそう思います。しかしテレワークによって増えた通勤時間を介護にあてたり、仕事をする時間と介護をする時間を細かく切り替えたりすることで、切り抜けられる場面もあると考えています。
介護には段階がある
介護では、いきなり付きっ切りで世話が必要な状態になることは少なく、少しずつ症状が進行していくことが多いのではないでしょうか。介護の段階に応じて適切に対処することで、テレワークは有効に機能すると、自分の親の介護を通して実感しました。
私は北海道に、高齢の両親は奈良に住んでいました。最初はお盆と年末に2回帰省して、体調や薬の状況を確認する程度で大丈夫でした。そのうちに買物に行ったり、掃除をしたり、といった日常の動作が難しくなります。この段階で、時々週末に帰省して実家でテレワークをしながら親の体調を確認します。
次の段階になると、決まった時間に食事をしたり、薬を飲み忘れたりすることも増えてきます。この段階で「リモート介護」により毎日の状況を把握し、なんとか乗り切ることができました。
食事や通院が自分でしにくい状態になった頃から、家と実家を行き来する二拠点介護に移行しました。この状況になっても、仕事を続けることができたのは、「どこにいてもフェアに働けるテレワーク」のおかげです。
私の場合は、認知症が進んで同居が必要な状況になり、そろそろ施設にお世話になるという段階まで進みました。
リモート介護とは
「リモート介護」とは、デジタルツールを活用して、毎日親とのコミュニケーションをとりつつ、生活の支援をすることです。頻繁に帰省しなくても親の世話ができるのは、ありがたいですね。
私の親はスマートフォンも使えません。タブレットを渡したら本の間に挟み込んでいた、ということもありました。そこで私が選んだのは、ディスプレイが一体となったスマートスピーカーでした。あえて大きめの設置型タイプにしたため、いつもキッチンのテーブルの上にあります。指でタッチはもちろん、声で操作ができるので、デジタルが苦手な親でも、すぐに使えるようになりました。
毎朝7時に親を呼び出すと、すぐに顔を見ながら話をすることができます。朝食の時間を一緒に過ごし、食後に薬を飲んでいるかを確認します。会話の中で「何かいるものある?」「ティッシュペーパーが少なくなったかな」など、御用聞きのように必要なものを聞き出して、私がネットスーパーで注文して、届けてもらっていました。毎日の習慣となり、親も生活のリズムが取り戻せたようです。
時には画面越しに笑いあったり、親子喧嘩をしたりと、単なる「見守り」や「監視」ではないリモート介護。上手に活用すれば、健康寿命も延びるのではないでしょうか。
働く時間を確保する工夫
こうして私は介護をしながら働き続けることができました。介護をする場合でも子育ての場合でも、働く時間を確保することは絶対に必要です。ケアマネジャーさんと連携を取り、実家滞在中はデイサービスや訪問介護を利用して、働く時間を作るよう工夫しなければなりません。
仕事のオン・オフを素早く、柔軟に切り替えられるのがテレワークの良いところです。私の会社には中抜け制度があります。私が実家でテレワークをしている時、階下にいる親から突然呼び出しがかかることが何度かありました。仕事の区切りをつけて、オンラインのタイムカードで「退席」することで、気兼ねなく親の話を聞くことができます。中抜けした時間は、終業時間後に働くので、会社としても何の問題もありません。
介護でも働き続けられるフェアなテレワークとは
介護をしながら働き続けられる環境を企業が用意しなければ、私のように介護と仕事の両立はできないでしょう。テレワークという働き方を用意したとしても、出社していないという理由で昇進がストップしてしまったり、やりがいのある仕事が任されなかったりする状態では、フェアではありません。
テレワークは、仕事の内容を明確にしてその報酬を払う「ジョブ型雇用」や、働く時間ではなく成果で評価する「成果主義」との親和性が高いという意見がありますが、私はそうは思いません。子育てや介護で働く時間の確保が難しくなる中で成果だけを求められたら、眠る暇もなく仕事をすることになるからです。
企業も働く人も無理をすると長く続けることはできません。チームで働き、互いに補い合うメンバーシップ型の働き方をテレワークで実現する方が、良い結果を出せるのではないかと考えています。
しかしメンバーシップ型でフェアなテレワークを実現するためにはいくつかのハードルがあります。
労働時間の管理
テレワークを導入するにあたって、企業が最初に不安に思うことは「社員が働いている様子が見えない」ということです。しかしテレワークでも働く時間を管理することは可能です。企業によっては仕事用のPCのログイン・ログオフの時間を記録したり、テレワークに対応した業務の見える化のためのツールを導入したり、といった対策をしています。
一日中介護に追われて仕事ができなかったのにフルタイムで働いたことにする、ということができてしまうと、企業にとっても働く人にとっても良い結果にはなりません。私の会社でも介護や子育てと両立している社員がたくさんいますが、労働時間については厳しく管理をしています。
コミュニケーション
次に問題となるのがコミュニケーションです。テレワークにおけるコミュニケーションの一番の壁は「話しかけること」です。相手が話しかけていい状況なのか、オフィスならすぐにわかることがテレワークではなかなかわかりません。
しかしこれもツールを活用することで、オフィスで働いているのと同じ状況に近づけることができます。例えば、私の会社では、バーチャルオフィスのツールを導入しています。社員全員、どこで仕事をしていても、朝9時にバーチャルオフィスに出社します。このバーチャルオフィス上には、会議室、応接室、休憩室など様々な部屋があり、今誰がどこで何をしているかがわかるようになっています。
例えば、「仕事部屋」ではマイクをオンにして、「山田商事さんの担当って、誰だっけ?」と気軽に声をかけることができます。もちろん雑談もOKです。一方で、仕事に集中したい人は、「集中作業室」に移動すれば、作業を中断されません。
バーチャルオフィスで仕事のホウレンソウ(報告・連絡・相談)や、雑談ができれば、毎日、オフィスに出社しなくてもテレワークでチームの仕事もまわりますね。
人事評価
コミュニケーションの方法が確立されてくると、今度は評価の問題が出てきます。
従来は長く働く人が評価されがちで、働く時間が短い人が不利な傾向がありました。しかし、介護中だと、残業ができなかったり、短時間勤務になったりします。
そのため、私は「成果」÷「時間」が適切な評価だと考えています。介護で時短勤務をしている人とフルタイムで働く人が同じ成果を出した場合は、前者の方が評価は高くなるという考え方です。
働き手も「決められた時間を働けばいい」という考え方から、「短い時間で成果を出そう」という考え方に変えなければなりません。企業は長時間労働にならないように労働時間を管理し、働き手は生産性を上げるように努力する、これが目指すべき形だと私は考えています。
フェアなテレワークを実現するのは決して簡単なことではありません。しかしフェアなテレワークは、企業にも働き手にも利益をもたらすだけでなく、社会問題を解決でき、誰もが幸せになる未来につながると私は考えています。
私が目指す理想の働き方
私が考える理想の働き方を、サーカスに例えてみました。サーカス団は会社、見ている人は働く人と考えてください。
一番左の絵のように、安全のために壁を設けていると、背の高い人しか楽しめません。限られた人しか働けないのは企業にとっても嬉しい状態ではありません。それぞれの背丈にあった台を用意すればよいのですが、その手配にはコストと手間がかかってしまいます。
私が考える理想の働き方は一番右の絵です。壁を透明にしてしまえば、誰もがサーカスを楽しめる、つまり誰もが同じように働けるようになります。この透明な壁を「デジタルの力」で実現することが「フェアなテレワーク」なのです。
フェアなテレワークの実現により、介護する人はもちろん、子育て中の人も、障がいのある人も、遠隔地にいる人でも同じように働くことができ、働く人にも企業にも皆に幸せをもたらす日が来ることを目指して、今日も私は活動しています。
【田澤由利(たざわ・ゆり)プロフィール】
株式会社テレワークマネジメント 代表取締役
1962年奈良県生まれ。北海道北見市在住。上智大学卒業後、シャープ(株)に入社。出産と夫の転勤により退職後、在宅でのフリーライター経験を経て、1998年 (株)ワイズスタッフを設立し全国各地110人のスタッフと在宅で業務可能な「ネットオフィス」を実践。2008年には(株)テレワークマネジメントを設立。企業の在宅勤務導入支援、国や自治体のテレワーク普及事業等を広く実施している。全国各地でのべ250回以上講演を行うほか、SNS等を通じたテレワークの情報発信も積極的に行っている。
総務省 地域情報化アドバイザー、内閣官房 地方創生テレワークに推進に向けた検討会議、総務省「ポストコロナ」時代におけるテレワーク定着アドバイザリーボード、経産省 IoT/AI時代に対応した地域課題解決のための検討会議、国土交通省 国土審議会などのメンバー。上智大学 非常勤講師。
平成28年度「テレワーク推進企業厚生労働大臣表彰(輝くテレワーク賞)」を受賞。
著書に『テレワーク本質論』(幻冬舎)、『在宅勤務(テレワーク)が会社を救う』(東洋経済新報社)がある。
【株式会社テレワークマネジメントのWebサイト】