在宅医療DX、デザイン×デジタルで患者・家族中心の医療を目指す【ピージー 川名紀義】
株式会社ピージー 代表取締役 川名紀義
課題解決キーワード:「せっかく病気になったのだから」
医療分野に特化したデザインとコンサルティングを手がける株式会社ピージー。煩雑な在宅医療の情報を正確かつ効率的に伝えるため、デジタル・アナログ問わず、医療分野のあらゆる領域でサービスを提供している。
代表を務める川名紀義氏は、外資系広告代理店にて、デザイナー・アートディレクターとして医療用医薬品の広告とコミュニケーションに携わったのち、2011年にピージーを設立。以降、省庁/大学/NPO/医療施設等の医療情報を専門としたデザインとクリエイティブコンサルティングを手がけている。一方で、2023年にパーキンソン症候群を発症し、病気や医療への価値観も変化したという。
社会の高齢化が進む中、在宅医療は、数々の課題を抱えている。川名氏は医療×デザイン×デジタルで、在宅医療にどう貢献していくのか。川名氏のこれまでのキャリアをひも解きながら、在宅医療に対する思い、そして、デザインとデジタルで医療の課題を解決する新事業「ex Design+Engineering(以下exde)」について話を聞いた。
外資系広告代理店などを経て、デザインディレクターとして独立
――川名さんはどのような経緯でデザインの道へ進んだのでしょうか。
川名:子どものころから絵を描くことが好きで、漫画家になるのが夢でした。特に藤子不二雄さんの漫画が大好きで、よく読んでいましたね。大学卒業後は商社に営業職として入社したのですが、絵を描くスキル×社会に貢献できる仕事と考えた時に、大学時代にも考えていたデザインの道に進もうと決意したんです。その後は、デザイン制作会社に入社し、がむしゃらにデザインの知識とスキルを磨きました。デザインは独学でしか学んだことがなかったため、初めはとにかく下手くそでしたが、「目の前で必要とされていることを実直にこなしていく」というスタンスでひたすら業務に当たりました。このスタンスは今も僕の根底に根付いていると感じています。その後は、外資系広告代理店にて、グローバルな医療用医薬品の広告とコミュニケーションにデザイナー・アートディレクターとして携わりました。
――駆け出し時代、川名さんを支えてくれたものは何だったのでしょうか。
川名:グラフィックデザイナーとして業界を牽引する井上嗣也さんとの出会いです。当時は、有名なデザイナーが若手の作品を見てくれるという雰囲気があり、井上さんに見ていただけるチャンスがあったんです。作風や構図、写真選びなど、刺激をいただけることばかりで、デザイナーとしての意識がさらに高まりました。その際に井上さんにいただいた作品集の別バージョンの校正刷りは、今でも宝物として大切にしています。
芸術的観点に依存しない実用・実学のデザインに着目
――広告代理店でもご活躍されていたかと思いますが、なぜ独立されたのですか?
川名:外資系広告代理店で医療分野のさまざまなデザインに携わる中で、業界から評価されるデザインと、社会から必要とされるデザインとの乖離を感じました。芸術やファッションなどの文化的な趣味に依存したデザインは、医療従事者や患者の立場に立ったものなのか。特に正確性が求められる医療分野にこそ「実用・実学としてのデザイン」が必要なのではないか、と強く考えるようになったんです。そこで2011年に独立して、ピージーを設立しました。会社設立後は、進歩するテクノロジーの技術も駆使したデジタル×デザインのサービスを提供し、省庁や教育機関、病院・医療施設、NPO等に広く受け入れていただいたと実感しています。
最大の困難は今。パーキンソン症候群を発症し、病気への価値観が変化
――事業が好調の中、2023年にパーキンソン症候群と診断されたとうかがいました。
川名:青天の霹靂でした。パーキンソン症候群は、主に運動機能の障害を引き起こす神経変性疾患の総称で、現在のところ完治は難しいですが、治療によって症状の管理や改善が可能とされています。
医療情報を扱う仕事をしてきた経験から、病気を特別視することなく、誰にでも起こりうることだと理解していたつもりでした。でも、パーキンソン症候群と診断されたことで、「普通である」ことの定義が実体験を通して変化し、社会的な寛容さについて考える機会が増えました。
ただ、悲観的にもなっていないんです。私が影響を受けた本に精神科医の中井久夫さんの『世に棲む患者』があります。患者が「完治」することを目指すのではなく、症状を抱えながらも社会の中で生活していくことの重要性を強調しています。中井さんはよく患者に「せっかく病気になったのだから生き方を少しひろやかにされては?」と語りかけていたそうです。病気=ネガティブなことと決めつけず、新たな視点を得たり、従来の価値観を転換するような機会と捉えたりする視点もあって良いのではないかといったメッセージが投げかけられています。そうした価値観に触れ、最近は「未来は不確かだが、その中にこそ希望がある」と考えるようになりました。
――ご自身の実体験がきっかけで生まれたサービスもあるんだとか?
川名:そうですね。病気がきっかけとなり、生命の多様性と尊厳を表現したTシャツブランド「SIGNS OF LIFE™」を立ち上げましたし、今回の新事業の第1弾としてこの夏にリリースした在宅医療向けのソリューションにも、患者としての視点を活かしています。僕はこのソリューションのリリースを皮切りに、在宅医療の課題解決を実現したいと考えています。
在宅医療特有の煩雑な業務をデザイン×デジタルの力でサポート
――exde設立の経緯を教えてください。
服部:構想が生まれたのは深夜のメッセージがきっかけでした。川名(当時からイーエックスメディアの取締役)から『デジタルソリューションをベースにしたデザインエンジニアリングスタジオを立ち上げませんか』という突飛な提案が舞い込んだんです。最初は冗談かと思いましたが、彼の熱意とビジョンに惹かれました。難病と向き合いつつデザインに携わる彼だからこそ、ユーザー視点を大切にする姿勢は、まさにイーエックスメディアが目指す方向性と合致していました。在宅医療とデジタルの融合に新しい価値を見出せると確信したんです。型破りな始まりでしたが、こうして彼がチーフデザインオフィサー(CDO)に就任することになりましたので、それがexdeらしさの源泉になると思います。
――現状、在宅医療にはどういった課題があるのでしょうか。
川名:在宅医療は、多職種連携の難しさや地域格差、急変時の対応、人材不足など、解決すべき課題は山積みです。また、「2025年問題」として叫ばれていますが、来年には、団塊の世代が後期高齢者に突入します。厚生労働省もマイナ保険証や電子カルテの導入などの「医療DX」を推進しているものの、在宅医療の現場においては、多職種間の連携から患者とのコミュニケーションに至るまで、多くのことをアナログで進めている場合が珍しくありません。
そこで、弊社とシステム開発会社である株式会社イーエックスメディアが協業して立ち上げたのが、デザインとデジタルで医療の課題を解決する新事業「exde」です。イーエックスメディアは、システム開発会社として幅広いITソリューションを提供する会社です。デザイン×デジタルの力を使えば、在宅医療特有の煩雑な業務の効率化はもちろん、医療情報の共有も正確かつスピーディになります。
――この夏にリリースしたという新たなソリューションについて教えてください。
川名:在宅医療を提供する医療施設向けに、医療情報の可視化と共有化を実現するソリューション「HOME-CARE LINK」をリリースしました。医療には確かな根拠と正確性が求められますが、それを扱うのも受けるのも1人1人の生身の人間です。十人十色の医療従事者と患者をつなぐためには「医療情報の可視化と共有化」が必要だと考え、このソリューションを開発しました。患者の日々のバイタルデータ、投薬情報、日常の気持ちの変化などのデータを患者本人、家族、医療従事者間で共有することで、在宅医療の煩雑な業務の効率化を図るとともに、在宅医療の質の向上を実現します。
■「HOME-CARE LINK」の主要機能
1.オンライン予約システム ・24時間対応の訪問診療予約 ・緊急対応の要請機能 2.個人健康記録(PHR)管理 ・バイタルデータの自動記録と共有 ・投薬情報や治療経過の管理 3.支援機能 ・異常値検知と自動アラート ・治療提案サポート 4.家族向け情報共有 ・患者状態の定期レポート ・ケアプラン共有機能 5.事務手続きのデジタル化 ・オンライン契約と同意取得 | 6.アドバンス ・ケア・プランニング(ACP)支援 ・日々の「どうでもよいこと」をつける日記機能 ・意思決定支援ツール 7.ポイント制度 ・健康管理活動へのインセンティブ ・協力医療機関での特典 8.患者間・家族間の理解促進 ・患者と家族のストーリーの記事コンテンツ化 ・医療機関の取り組み紹介など 9.高度なセキュリティ |
――自動記録や共有、自動アラートなど、数々のデジタル技術が活かされていますね。
服部:課題となるのは患者のプライバシーですが、カメラ機能のない人感センサーの台頭など、デジタル技術は日々進化しています。そこにデータを分かりやすく可視化する「デザイン」が加われば、複数の医療従事者が的確に情報の把握ができるだけでなく、長時間の見守りなどの患者家族の負担軽減にもつながります。
川名:今回リリースした「HOME-CARE LINK」は、医療に関わる情報を、医療従事者から広く一般社会に対してまで、より正確に、より分かりやすく、より早く伝えることをミッションに開発しました。「目の前の問題に対処できるデザインであること」「実践的であること」「困難な状況にある人が希望を感じる新しさがあること」を念頭においています。
――川名さんは、医療×デザイン×デジタルで、どんな未来を実現していきたいですか?
川名:私が目指しているのは、「患者や家族中心の在宅医療」です。医療×デザイン×デジタルの力が融合すれば、医療従事者と患者の相互理解が深まりやすくなりますし、医療の質向上と業務効率化の実現、患者の治療体験も改善していけると考えています。また、直近の問題としては「2025年問題」がありますが、一時的に医療従事者を増やしても、時代は少子高齢化・人口減少の傾向となっています。だからこそ、人的リソースを増やすよりデジタルのチカラで業務を効率化した方がいい場合があるとも考えています。
患者の「人生会議」を支援し、患者・家族中心の在宅医療へ
――今後、特に注力したいのは「アドバンス・ケア・プランニング」だとお聞きしました。
川名:そうです。標準化された医療がある一方で、実際の治療方針は患者個人の考えや価値観によって大きく異なります。アドバンス・ケア・プランニングとは、人生の最終段階における医療・ケアについて、患者本人が家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合う取り組みのことで、いわゆる「人生会議」と呼ばれているものです。治療方針を決める根幹とも言えますが、最期に向けての話し合いは井戸端会議のようなアナログな形でしか進まないのが現実です。だからこそ、そのコミュニケーションをデザイン×デジタルの力で促進したいと考えています。例えば、患者を動物占いのように、その人の固有のストーリーや価値観をタイプ分けするなどのアイディアがあります。また、まだ構想段階ですが、フィンランド発祥のメンタルケアの手法「オープンダイアローグ」をAIのチカラも駆使して導入できないかなどを考えています。
――AIを活用した「オープンダイアローグ」とは?
オープンダイアローグは、主に精神疾患に対する治療・ケア技法ですが、注目すべきはその対話スタイルです。患者、家族、専門家チームが輪になって「開かれた対話」を行います。特長的なのは、治療の促進や課題解決、説得などの「結論ありき」の会話をしないところです。対話の最中、患者の前で、ときおり専門家同士がその場で感じたことを話し合い、それに対して患者や家族が感想を述べるというスタイルで対話が進みます。患者の考えを否定せず、とことん患者の主観を大切にして対話をするのです。このスタイルは、患者のアドバンス・ケア・プランニングにも活かせるのではないかと考えています。例えば、AIがファシリテーターのような役割を担い、話をまとめたりしても良いでしょう。
――第1弾をリリースした今、今後の展開をお聞かせください。
川名:「HOME CARE LINK」を通じて、在宅医療特有の煩雑な業務の効率化を図るとともに、情報を分かりやすく可視化することで、在宅医療の質の向上に貢献していきたいです。そのためにもまずは医療現場の方々とコミュニケーションをとり、個々のクリニックなどに対してカスタマイズできるような柔軟なシステムとして提案できればと考えています。そして、今後、どのフェーズにおいても「目の前で必要とされていることを実直にこなす」という私のスタンスを大切にしていきたいですね。ぜひ今後も、在宅医療の課題解決をもたらすデザイン×デジタルの新ソリューションにご注目いただけたら幸いです。
【川名紀義 プロフィール】
株式会社ピージー 代表取締役
デザインディレクター/情報設計・編集。1977年東京生まれ。外資系広告代理店にて、グローバルな医療用医薬品の広告とコミュニケーションにデザイナー、アートディレクターとして従事。2011年に独立し、株式会社ピージーを設立。グラフィックデザインの原義的な意味としての「図案と情報設計」、文化的な趣味に依存しない実用・実学としてのデザインをコンセプトに、省庁/大学/学会/NPO/医薬品/医療施設等の医療情報を専門としたデザインとクリエイティブコンサルティングを行う。株式会社イーエックスメディア取締役CDOを兼任する。
【川名紀義のStoryを作った本】
「世に棲む患者」 著者:中井久夫 出版社:ちくま学芸文庫
【協業会社:株式会社イーエックスメディア プロフィール】
東京の神楽坂に拠点を置くシステム開発会社(代表取締役:服部大)。システム開発からWebサイト・アプリ開発、運用環境の構築、ハードウェア・ソフトウェアの販売まで、ITソリューションを幅広く提供。AIを活用したソリューション開発にも積極的に取り組む。