【ばんそう 松田克信】 中堅・ 中小企業の経営にAIで伴走する

株式会社ばんそう 代表取締役CEO 松田 克信
中堅・中小企業の経営が直面する「相談相手がいない」といった課題。そこに、新しいかたちの“経営支援”として現れたのが『ばんそうAI』だ。最適な情報にたどりつけず、膨大な情報に囲まれることで、逆に意思決定に悩む中堅・中小企業を支援して、「日本を元気にしたい」と語る代表の松田克信氏。
中堅・中小企業に必要な“壁打ち相手”とは?そして、AIは経営判断を支えられるのか──松田氏の構想に前後編の2回シリーズ迫る。
能登で育った「中堅・中小企業」と「世界」の二つの視点

――育った環境について教えていただけますか?
松田:私は石川県の能登出身です。私の地元は自然豊かないい場所でいわゆる田舎です。小学校や中学校の同級生には、地元の自動車修理会社や家具販売など地域密着企業の家庭の方が多くいました。そんな環境で育ったので、中堅・中小企業や地方の現状というのは、私にはとても身近なものでした。
また、うちの父は海運業に勤めていて、海外と行き来するような仕事をしていたんです。そういうこともあって、地方に住みながらも、当時からいろいろな情報に触れる機会があったんだと、今振り返ると思います。小さい頃から「世の中を広く見る」ように育てられた記憶があります。
――どのような子供時代を過ごされましたか?
松田:小学生の頃から新聞や本を読むのが好きで、よく読んでいました。一方で野球もずっとやっていて、土日は野球の練習、平日は本を読むというような生活を送っていました。小学生や中学生の頃から、社会問題とか世の中の課題に自然と関心を持つような下地ができていたのかもしれません。
――その後は、どのように過ごされていたのですか?
松田:実は、学校の勉強はあまり好きではなくて。時間ができると、なんとなく社会のことをあれこれ考えるようになっていったんです。大学に入ってからも勉強にはあまり熱心になれず、結局留年も経験しました。理系だったのに2回も留年してしまい、時間が余っていました。地方で育った自分としては「都会に触れたい」という思いもあって、いろいろなアルバイトをしたのですが、その中で、やはり「田舎と都会の違い」を強く感じました。
就職活動のときもその感覚が残っていて、いろいろな業界を見ました。リクルートのインターンシップも経験するなどいろいろな考えに触れる機会が多くありましたね。
取引先が破綻する現場で学んだ現実

――最初の就職先はどちらですか?
松田:就職先については、リクルートや商社、証券会社、コンサルティングファームなども候補にありました。最終的には「世の中の大きな仕組みを理解するにはどこが最適か?」と考え、銀行を選び、東京三菱銀行(当時)に就職することになりました。
――銀行に入って、どのようなお仕事をされたのでしょうか?
松田:初任地は大阪の船場支店でした。そこは繊維業が盛んな地域で、バブル崩壊の影響を強く受けた場所でした。私の取引先も経営困難に陥っている企業も多く、2年の間に10社ほどが倒産しました。大阪地裁によく行った記憶があります。
取引先は、破綻の懸念がある企業が多く、社長様といろいろな話をしました。その経験を通じて、中堅・中小企業の社長様たちの魅力や、技術力の高さ、面白さを肌で感じました。素晴らしい製品を持っていても、経営のちょっとした判断の遅れやミスで倒産してしまう現実を目の当たりにし「これが日本の経済の縮図なのか」と感じました。新聞やニュースでは語られない、リアルな日本企業の実情がありました。
――その後の銀行でのお仕事はどうでしたか?
松田:その後は横浜支店に異動となり、今度は外資系企業や地元の大企業などの顧客を担当するようになりました。シップファイナンスやストラクチャードファイナンスのようなものも経験しました。
中堅企業から大企業まで幅広く担当する中で、船場支店の経験も含めて、「お金を貸すだけでは企業支援としては十分ではない」と感じるようになりました。もともとコンサルティングにも関心がありましたし、もっと広い視野で企業を支援したいという思いが強くなっていきました。それが、コンサルティング業界に転身するきっかけになったんです。
コンサル業界の顧客が中堅・中小企業から大企業中心に
――コンサルティング業界に転身されてからの話を聞かせてください。
松田:デロイト トーマツ コンサルティングに2004年に入社したのですが、私が入った頃は、社員数はまだ120人程度だったと思います。いまでは数千人規模になっていますが、当時は本当に小さな組織で、中堅・中小企業の支援も行っていました。その後、ローランド・ベルガーに移り、MURCやPwCなどにも在籍しました。当時のコンサルティングファームは、まだ中堅・中小企業を支援対象としてコンサルティングを提供していました。私もその中で、実際に中堅・中小企業をサポートをすることもありました。
しかし、その後、コンサルティング業界全体が大手コンサルティングファームを中心に、「大企業向けビジネス」にどんどん集中していきました。今では、大手コンサルティングファームの多くは、大手企業だけが支援対象になってしまっているのが実情です。限られた数の大企業を中心にサービスを展開するようになり、それ以外の企業は実態として支援対象に入らなくなってきています。
――そうした状況の中で、どのようなことを感じたのですか?
松田:そうなると、中堅・中小企業を対象とした支援は、大手コンサルティングファームでは、事実上できないことになります。もちろん、大企業の案件もやりがいはありますし、実際に数多くのプロジェクトをリードしてきました。でも、自分の原体験、銀行時代に経験したこと思い出すと、日本は数多くの中堅・中小企業が支えていると強く思うんです。
また、今の大企業も、最初は小さな企業からスタートしているわけですし、これから未来を作るのも、そうした企業だと思います。だからこそ、「そういう中堅・中小企業をもっと支援したい」という気持ちがずっと自分の中にありました。でも当時所属していたコンサルティングファームでは、それがなかなかできなかったんです。
その頃から、今、株式会社ばんそうでやっているような“伴走型支援”の構想が、自分の中にはありました。でも、それを本格的にやろうとすると、当時はそれなりにコストがかかる状況でした。特に私は、経営者の方と“対面で話したい”という気持ちが強かったので、地方の企業さんに毎回会いに行くとなると、移動費も宿泊費もかさんでしまう。仮に一度の訪問で5万円の報酬をいただいたとしても、交通費と宿泊費でほとんど消えてしまうような世界です。これでは、現実的に事業を継続できない。
コロナとAIの到来が起業のきっかけに
――中堅・中小企業支援の構想はどのように展開したのですか?
松田:そんなときに、コロナの流行がありました。もちろんコロナの流行自体は良いことではありません。しかし、ここでビジネスという視点では一つの大きな変化がありました。それは、地方や中堅・中小企業の間でも、Web会議が普通に行われるようになったことです。「もしかしたら、これならできるかもしれない」と思ったんです。最初にしっかり面談すれば、あとはWebでも十分に価値を提供できると感じたんです。
そこから、現在展開している「ばんそうプロ」「ばんそうトレーニング」「ばんそうコンサルティング」など“人が支える”伴走型サービスを先に構想・開始しました。
さらに、2020年頃からAIの商用利用の話がちらほら出てきて「AIの活用は想定よりも早く始まるな」と思い始めました。正直に言うと、当時の私は「AIが社会に広く普及するのは2030年頃だろう」と思っていたんです。今から思うと、それは完全に見通しが甘かった。
当初は、まずは“人による支援”でビジネスを大きくし、その資金で『ばんそうAI』のような支援ツールを開発したい、というのが私の思いだったんです。
――その思いから起業へとつながるのですね。
松田:そうなんです。「経営コンサルティングをAIで代替する」というコンセプトは、2020年くらいから自分の中にありました。ただ、それを実現するためには、まずはきちんとビジネスを成立させて、開発費用を自分たちで稼ぎたいと強く思っていました。それで、2022年4月に“人による支援”を中心に事業を開始しました。
ちょうどその頃、OpenAIが一気に注目されはじめ、「これは急がなければまずい」と感じました。そこから『ばんそうAI』の開発にも本腰を入れようと決意し、2022年末ごろから具体的な動きが始まりました。
中堅・ 中小企業を支援する役割を担う

――ばんそうには、どのようなビジョンがあるのでしょうか?
松田:ばんそうが目指しているビジョンは、ホームページにも記載している通り「人とテクノロジーで日本を元気に」することです。
日本の経済を支えてきたのは、やはり中堅・中小企業です。ソニーやホンダだって、もともとは小さな会社だったわけで、そうした企業が成長することで、新たな社会課題を解決し、さらに社会全体が豊かになってきた歴史があります。その“成長のサイクル”が、今はうまく回っていないと感じてます。
本来であれば、銀行が中堅・中小企業を支援する役割を果たしてきたはずですが、今はそれが十分に機能しなくなってきているとも感じます。現在のビジネスの現場では、中堅・中小企業の支援も金融だけではなく、ITやブランディング、マーケティングなど様々な領域での専門性の高い知見が求められます。銀行は、間接金融の専門家であり、それ以外のテーマにはなかなか対応できないのが現実です。
――ビジネスそのものが変わってしまったのですね。
松田:以前は銀行が担っていた中堅・中小企業支援の役割が、求められる知見が広く深くなったために銀行では十分対応できない。そのため、今では担える人がいなくなっている。そのギャップを埋めるはずだったのが、コンサルティングファームでした。
実際、私がコンサルティングファームで働いていた頃は、そういった支援も行っていました。しかしながら、コンサルティング業界が拡大し、大手コンサルティングファームが大企業支援を中心にしているため、中堅・中小企業の支援にはなかなか手が回らなくなっています。一方で、中堅・中小企業の経営課題が大企業と変わらなくなっている。本来であれば、大手コンサルティングファームの知見が中堅・中小企業の支援に役立てればいいのですが、なかなかそうはいかないというのが現状です。
だからこそ、「今、自分たちがやらなければ」と思ったんです。銀行もできない、コンサルティングファームもできない──その“間”を埋める存在として、私たちが立ち上がろうと決めました。
AIが変える中堅・中小企業支援のかたち
――中堅・中小企業支援のビジネスに不安はありませんでしたか?
松田:正直、躊躇はなかったです。実際、現状のビジネスでは、大企業向けのコンサルティングも行っており、大企業向けのコンサルティングで知見と収益を獲得し、そのうえで中堅・中小企業支援を行うという形を取っています。大企業向けのコンサルティングで知見や収益を獲得することも大事で、それがなければこのモデルは成り立たなかったと思います。
――それでも中堅・中小企業向けサービスは金額面の厳しさはありそうですよね?
松田:中堅・中小企業向けだとコンサルティングフィーはそれほどお願いできないというのは事実です。だからこそ「AIの力が必要」だと思ったんです。コンサルティングもですが、いわゆるプロフェッショナルサービスというのは、基本は人件費がベースになります。コンサルティングサービスも基本は、「時間×単価」で料金が決まります。大手コンサルティングファームにコンサルティングをお願いすると数千万円、ときには数億円といった費用が必要になります。そんな金額を中堅・中小企業がコンサルティングファームにたびたび支払えるかというと、現実的には難しいと思います。
でも、コンサルタントの頭脳をAIに“移植”できれば、1ヶ月数万円、数千円で提供できる可能性がある。それなら、中堅・中小企業の方でも十分活用できるようになります。実際、世の中全体がAIを活用してビジネスモデルの変革に動いています。私たちは、それをコンサルティング領域で実現したいと思っています。
――なるほど、その金額であれば可能性が広がりますね。
松田:とはいえ、最後の最後、本当に重要な経営判断は、やはり“人に相談したい”となることが多いと思います。だから、AIを活用してコストを下げつつ、最終的には人にも相談できる仕組みを提供するのが、私たちのモデルなんです。私たちは、単なるツール提供者になりたいわけではありません。目指しているのは「ソリューションプロバイダー」。つまり、社会を支える“仕組み”を作る存在なんです。
日本の中堅・中小企業が抱える課題とは

――日本の中堅・中小企業にはどのような課題がありますか?
松田:まず強く感じるのは、「情報格差」が依然として存在しているということです。今はインターネットも普及していて、どこにいても世界中の情報にアクセスできる時代です。でも実際には、地方の企業と東京の企業との間でも、中堅・中小企業と大企業の間でも、情報格差は確実にあると思っています。
その差は「情報取得の仕方」や「そもそもの意識」にも起因していて、情報があっても受け取る側がうまく活用できなかったり、そもそも情報を取りに行かなかったりするんですね。かつては、銀行を中心にそのギャップを埋める役割を果たしていた人や組織があったんですが、今はそこが機能しなくなりつつある。それを、私たちが担っていきたいと思っています。
――中堅・中小企業の「情報格差」とは、どういうものでしょうか?
松田:大企業だと、社内に優秀な人材がたくさんいて常にいろいろな情報に触れ、それを共有しています。また、重要な経営判断が必要な場合には取締役会などで議論もできますし、そのための情報収集する仕組みが整っています。情報を集め、分析し、意思決定をするための仕組みが整っています。一方、中堅・中小企業、特にオーナー系の企業だとそのような仕組みが整っていないことがよくあります。結果、経営者が非常に孤独になっています。
社内に意思決定に関して相談できる仕組みがなく、意思決定を引き延ばしてしまうことが多い。また、気軽に相談できる存在がいれば、情報も自然と入ってきますが、それがないと情報も限定的になり、具体的な行動につなげることに踏み込めない。だからこそ、まず“相談できる存在”をつくることが重要だと考えています。
これは、過去の大企業の成長の鍵を考えてみても同じだと思っています。優れた技術者がいるだけではダメで、それを支えるブレーンや壁打ち相手がいた企業ほど、飛躍的に成長しているのではないでしょうか。ソニーやホンダのように。
加えて中堅・中小企業では経営者の高齢化、人手不足も深刻です。人材は大企業に集まりがちですし、人材不足をサポートするはずの銀行やコンサルティングファームも今はその役割を十分に果たせていない。つまり、中堅・中小企業は「人・情報」が足りなくなっているんです。だから私たちは、その足りなくなったものを埋める存在でありたいと強く思っています。
――中堅・中小企業からの相談内容にはどのような特徴があるのでしょうか?
松田:そうですね、率直に言えば「100社あれば100通りの相談がある」というのが現実です。マーケティングや営業の人材不足といった悩みは非常によく聞きますし、他にもDX(デジタルトランスフォーメーション)のことなどもよく相談があります。ただ「DXで困っている」と言っても、その中身は企業ごとにまったく違います。
大企業は資金も人材もある。例えば1億円払って大手コンサルティングファームにプロジェクトとして依頼することが可能です。プロジェクトで、議論を重ねる中で自社が何をすべきかが見えてきます。
一方で、中堅・中小企業は、そういう“壁打ち相手”がいないことが多い。結果、経営者がずっと「うーん」と考え込みながら時間だけが過ぎてしまい、意思決定のスピード感が極端に落ちることがあります。そうすると、ビジネスの競争に負けてしまいます。
【後編へ続く】
【松田 克信 プロフィール】

株式会社ばんそう 代表取締役CEO
東京三菱銀行(現 三菱UFJ銀行)を経て、大手コンサルティングファーム(Deloitte Tohmatsu Consulting、Roland Berger、PwC Advisory、三菱UFJリサーチ&コンサルティング)で戦略コンサルタントとしてプロジェクトに従事。
2021年9月、株式会社ばんそうを設立し代表取締役CEOに就任。
経営の悩みに寄り添い、課題を発見し、相談者の気づきを促すAIプロダクト『ばんそうAI』の開発・提供を行う。
関連記事
