【茂木哲也】フィリピン人家政婦家事代行で社会課題解決――ピナイ・インターナショナルの挑戦
株式会社ピナイ・インターナショナル 代表取締役 茂木哲也
課題解決キーワード:「自分自身が”最後の砦”になる」
日本初のフィリピン人家政婦に特化した家事代行サービスを展開する株式会社ピナイ・インターナショナル。2013年に創業し、その4年後には国家戦略特区における外国人家事支援人材の受入事業者「第一号」として認可を取得した。
代表を務める茂木哲也氏は、連続起業家として数々の事業を成功に導いてきた実績を持ち、YouTubeチャンネル『令和の虎』の出演でも知られる。
創業当初から継続して、フィリピン人女性たちとの「文化の違い」に真摯に向き合いながら、働き方の制度を構築・改善し、離職率の減少と満足度の向上に成功した。
現在は東京・神奈川を中心にサービスを提供しており、近日中には関西エリアへの進出も予定、事業は拡大している。順風満帆にみえるいっぽうで、2022年には、業務関連の手続きについて行政指導を受けメディアでも報道された。取材では、この経緯についても詳しく聞いた。
茂木氏が立ち向かうのは、日本最大の社会課題とも言える「超少子高齢化」とそれに伴う「労働力不足」だ。外国籍人材の活躍によって日本の課題にどう挑むのか――。茂木氏が描くビジョンと日本の未来像に迫る。
学生時代に芽生えた起業家精神

――連続起業家として過去にも多くの事業を成功に導かれていますが、いつ頃から起業しようと考えていたのですか?
茂木:小さい頃は特に将来の夢はありませんでしたが、勉強には熱心で、どちらかといえば優等生のようなタイプでした。起業を意識したのは大学生のときです。慶應義塾大学に入学し、部活は軟式テニス部に入部しましたが、1年生ながら合宿の幹部を任されることになったんです。部員をまとめ、合宿を仕切るなかで、「自分には組織をまとめ、動かす力があるかもしれない」と実感しました。
起業への道が確信に変わったのは、就職活動を通してでした。もともとルールに縛られたり、人に命令されたりすることが嫌いな性格もあり、面接を受ける度に違和感を覚えたんです。その時に「これは自分で起業するしかない」と決意しました。
――そういった茂木さんの考え方がつくられたルーツはどこにあるのでしょう?
茂木:中学と高校は、麻布中学校・高等学校に通いましたが、麻布は本当に自由な校風で、授業中に生徒が頼んだ出前が教室にやってくることもあったほどでした。なかでも印象に残っているのは、入学式で校長先生が語った言葉です。
「麻布は自由です。しかし、その自由は自分で責任を取れる能力がある者にだけ与えられます。もしも自由を履き違え、責任を取れないと判断される行動をした場合は、容赦なく取り上げます」といった話でした。この「自由の裏には必ず責任がある」という教えは、私の生きる上での指針になったと感じています。
連続起業家のビジネスで失敗しない“絶対法則”
――人生初の起業はどういったビジネスだったのですか?
茂木:起業すると言っても社会人経験も不可欠と考え、まずは裁量が大きく、自由度の高い博報堂に入社しました。尊敬できる上司に巡り会うこともでき、社会人としてのスキルを磨くことができました。
初めて起業したのは、博報堂に6年半勤めた後です。ちょうど2000年に起業しましたが、当時はネットバブルの時期で、モバイル領域であれば勝機があると考え、今でいう“ガラケー”向けサイト制作やコンテンツ開発を手がけました。起業できたことが本当に嬉しかったですし、ビジネスとしても大成功を納めたと言っていいと思います。その後も、IT領域で複数の会社を立ち上げ、いずれもM&Aで売却しました。
――茂木さんのビジネスの成功の秘訣はどこにあるのでしょうか?
茂木:成功というより、僕のなかには “失敗しない絶対法則”があります。それは「アップトレンド」「スモールスタート」「ニッチトップ」という三つの考え方です。まず、伸び盛りの業界で事業を始めること。次に、できるだけ小さく、無駄な資金を使わずにスタートすること。そして、業界の中心ではなく、少し軸をずらしたニッチな領域で勝負すること。この三つを意識することで、事業は生き残り、成長できると考えています。初めての起業のときは、無意識でしたが、本能的にこの法則に沿った形で取り組んでいました。
そして、僕はこれまで一度も、自分の好きなモノやコトをビジネスにしたことがありません。従業員もいる以上、勝てると確信したうえで取り組む――。もちろん、それでも失敗に終わったビジネスもありますが、「ただ、好きだからやる」だけでは、ビジネスとしての成功は難しいということです。
外国籍人材の力で、日本の社会課題へ挑む

――フィリピン人家政婦に特化した家事代行サービスを立ち上げたきっかけは、何だったのでしょうか?
茂木:これまでのビジネスは、正直に言えば勝ち筋重視で始めていました。でも、ピナイ・インターナショナルは、勝てる事業かどうかよりも前に、日本社会に貢献できる事業をやりたい——そう思ったのが始まりでした。子どもが生まれ、年齢を重ねたことで、価値観が変化したのかもしれません。
そうした思いがあるなかで、私がその頃から問題視していたのが、日本の少子高齢化と労働力不足。そして女性が出産や子育てを機に、本人の意向とは関係なく仕事から一度ドロップアウトせざるを得ない傾向についてです。こうした社会課題にどう立ち向かうか考えた時に、「外国籍人材の活躍」こそが鍵になると確信しました。今でこそAI による省力化も進んでいますが、人の力なしには社会は活性化しません。働き盛りの人材を日本に呼び、WIN-WINの関係を築きながら、一緒に社会を盛り上げることが日本を支えると考えたんです。
家事代行という事業は、私たちが描くビジョンの第一歩に過ぎません。ビジネスとしてという側面だけでなく、「日本社会のために貢献できる手段」として、この事業を立ち上げました。
――外国籍人材と言っても、“フィリピン人家政婦”に特化したのはなぜですか?
茂木:実は、フィリピンは世界一の家政婦大国で、家事代行のプロを育成し、認定する「国家資格」がある国なんです。その家事スキルはまさにプロフェッショナルそのものであり、当社には国家資格を保有したスタッフのみが在籍しています。さらに、入社に当たっては、フィリピンで約600時間、日本で約80時間のトレーニングを積んでおり、高いクオリティを提供できることが強みです。また、英語も話せるため、外国のお客様や、お子様の教育などで英語でのコミュニケーションを希望するご家庭からも喜ばれています。
さらにフィリピン人家政婦に特化したことで、安定的な人材確保もできています。家事代行市場は需要が急速に伸びていますが、供給は圧倒的に不足しています。そのなかで、当社は毎月の採用活動で約1,000人もの応募が殺到するので、より高いクオリティのサービスを提供できる人材を選び抜くことができています。
日本とフィリピンの文化や価値観の違いに直面

――茂木さんでも、ビジネスで壁にぶつかることはありますか……?
茂木:もちろんあります。現在の事業において一番の壁は、「文化の違い」でした。フィリピンの方々は奉仕の精神がとても強く、困っている人がいれば自分のものを分け与えるような優しさを持っています。非常に真面目で、「家族や親族を支えるために日本に働きに来ている」という、並々ならぬ覚悟もあります。
一方で、日本人とは価値観や考え方が異なる部分もあります。たとえば、時間やルールに対する感覚。日本では勤務時間中は仕事に専念するのが当然とされていますが、彼女たちは「決められた仕事が終わった=帰ってよい」と考え、勤務時間を残したまま帰宅することもあったんです。逆に、勤務時間を過ぎても仕事が終わらなければ、最後までやり遂げようとする。つまり、時間ではなく「結果」で責任を果たそうとするんです。考え方の軸が違うだけなんです。
――まさに「文化の違い」から生まれたギャップですね。でも、日本では、勤務時間を残して帰ってしまうと、お客様からはお叱りを受けますよね。
茂木:そうなんです。お客様からもそういったお声をいただき、創業当初は何度も困惑しました。でも、単純に「日本のやり方に合わせて欲しい」と押しつけるだけでは上手くいかない。そこで、「なぜ日本ではルールが重んじられるのか」「仕事における評価のポイントはどこにあるのか」といったことを、ひとつひとつ説明するようにしました。
また、彼女たちが日本で働く目的の本質に寄り添い、「損得」の観点で伝えるようにもしました。そうすると、少しずつ日本での価値観や文化を理解してくれるようになったと感じます。
――スタッフを支える専門チームも立ち上げられたとか?
茂木:はい。2019年に「Performance Improvement Team(通称:PIT)」という部署を設けました。英語とタガログ語の両方で、仕事や生活、健康、行政手続きの案内など、どんなに些細なことでも相談できる部署です。文化や価値観が異なるなかで相互理解を深めることが重要だと考え、もっと彼女たちの声を吸い上げたいと思って立ち上げました。スタッフとの相互理解がより深まり、立ち上げて本当に良かったと感じています。
ただ、どんな相談にも耳を傾けるからこそ、サポート範囲の線引きが難しい場面もありました。PITでは役所の手続き、生活全般の相談にも乗り、時には、パスポートを預かり役所の手続きを代行することもあったんです。ところがこのサポート範囲やルールの曖昧さが原因でトラブルに発展することがありました。
――行政指導を受けた経緯を教えてください。
茂木:2022年8月に、フィリピン人女性の苦情を元に内閣府から「パスポートを長期間預からない」などの行政指導を受けました。
当時の報道で触れられなかった経緯を説明すると、ビザ更新を女性に代わって手続きするためにパスポートを預かり、コロナの時期だったので手続きに予想外に時間がかかったことが、事の発端でした。記事にあるような「私生活を拘束する」という目的は全くありませんでした。
記事では「パワハラ」という表現が強調されて一方的な報道となっていましたが、事実と乖離した内容に違和感を覚えました。行政の監査で「パワハラに該当する内容は認めらない」と判断いただき、指導の内容にも「パワハラ」は含まれていなかったことが事実です。
いっぽうで、行政指導にまで発展したことも事実です。事業を開始した当初から「文化の違い」に向き合う取り組みを継続してきましたが、反省すべきところは反省し、さらに真摯に取り組む必要があると考えました。以前よりもルールの明確化を徹底して、コミュニケーションを通じた齟齬のない関係づくりを強く意識して運営を行っています。
現在は、PITだけでなく、定期面談や社宅訪問、食事会などを通じて、生活や業務の相談から、ちょっとした雑談まで気兼ねなく話せる体制を整えています。
行政指導を受けたことは、フィリピン人女性たちとの最適な関係づくりに真摯に向きあう、良い機会になったとも捉えています。
圧倒的な外国籍人材リーディングカンパニーへ

――今後のビジネス計画や長期的に目指すビジョンについて教えてください。
茂木:私たちが掲げるビジョンは、「外国籍人材リーディングカンパニー」です。日本が抱えている最大の問題である超少子高齢化、それに伴う労働力不足。これを乗り越えていくために優秀な外国籍人材の力は不可欠です。だからこそ私たちは、家事代行市場において、優秀な外国籍人材が生き生きと前向きに働き、一緒に日本を盛り上げるための架け橋になることを目指しています。家事代行サービスはその皮切りにすぎません。
一方で、外国籍人材の受け入れにネガティブな声があるのも事実です。確かに不法滞在やトラブルが報道されますが、その多くは受け入れ側のサポート不足や不適切な労働環境が原因であり、「外国人だから悪い」という問題ではありません。
私たちは、子育て世代をはじめとした日本の働き手が、その能力を十分に発揮できる社会を実現したいと考えています。実現のためには、家事・育児といった家庭領域を社会全体で支える仕組みづくりが欠かせません。外国籍人材による家事・育児サポートの拡充は、そのための有効な一手になるはずです。現在ピナイのサービスは、東京・神奈川を中心に提供していますが、近日中に関西エリアにもサービスを拡大予定です。
外国籍人材を「労働力」ではなく「社会を共に支えるパートナー」として迎え入れる。その環境を整えることが、持続可能な日本社会への第一歩になると信じています。
――外国人労働者の離職率は高いと言われるなか、御社では離職率の改善にも成功していますね。
茂木:はい。PITによる生活・就労サポート体制が大きな成果を上げ、2024年7月~2025年6月のスタッフ離職率は、2年前と比べて14%改善しました。全スタッフを正社員として雇用し、週休2日制や社宅・社会保険の完備、次期昇給に関わる評価制度など、安心して働ける環境を整えています。
また、定期利用のお客様を対象に行った満足度調査では、94%以上の方が「満足」と回答。スタッフが安心して働ける環境を整えることが、結果的にお客様の満足度にもつながっていると感じています。
――最後に、茂木さんが影響を受けた本と言葉を教えてください。
茂木:本はよく読みますが、“この一冊で人生が変わった”というより、いろいろな本から少しずつ影響を受けてきたタイプです。強いて挙げるなら村上春樹さん。大学時代に『ノルウェイの森』を読んで以来、ずっとファンですね。
心に残っている言葉は、博報堂に入社した時に上司から教わった「自分が最後の砦だ」という考え方です。要は、“すべての仕事は自分が最終のゴールキーパーだ”ということです。自分がミスをしたら後は誰もいない。だからこそ、すべてを自分事として捉え、責任を持って成し遂げろ──そういったことを教わりました。この言葉は今でも自分の軸になっています。
今後、弊社のサービスを拡大していくなかで、日本の少子高齢化や労働力不足といった社会課題に立ち向かう“砦”のような存在を目指し、社会を支えるサービスを提供していきたいと考えています。
【茂木哲也 プロフィール】

株式会社ピナイ・インターナショナル 代表取締役
日本の実業家/1971年香川県生まれ。麻布中学校・高等学校卒業、慶應義塾大学法学部政治学科の卒業を経て株式会社博報堂へ入社。2000年から起業家として多様な事業を成功に導き、いずれもM&Aにて売却。2016年7月に株式会社ピナイ・インターナショナルを設立し、代表取締役に就任。2021年より、人気YouTubeチャンネル『令和の虎』に虎(投資家)としてレギュラー出演中。2023年より、その派生版である『リベンジ版 Tiger Funding』を主宰するなど、多岐にわたり活躍している。
【茂木哲也のStoryを作った本】
『ノルウェイの森』 著者:村上春樹 出版社:講談社
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