2025.9.17

松尾真希が「絶望と希望のコラージュ」から学んだ“主人公”として生きる力

StoryNews編集部

松尾真希

株式会社Frank PR 代表取締役 松尾 真希 【後編】

2025年3月9日に『TEDxAwaji』に登壇した松尾真希さん。バングラデシュの貧困のなかで暮らす人々と出会い、「支援」ではなく「ビジネス」で課題解決する道を選んだ。革製品ブランド『Raffaello(ラファエロ)』を通して、イスラム教の宗教儀式で廃棄される革のアップサイクルや現地雇用の支援に携わってきたこれまでの人生がTEDで語られた。

後編は、TEDで語られた内容を紹介しながら、バングラデシュでの体験、Raffaelloのブランド作りや、ビジネスのなかで直面した「絶望」と「希望」。そして、希望を失わずに道を切り開く松尾さんの考え方について聞いた。前編はコチラ

私は自分の人生を「暗い瞬間と明るい瞬間の組み合わさったコラージュ」と考えるようになりました。・・・「絶望」がいつも私の新しい視野を広げてくれて、そのなかでチャンスを見つけてそれが私の「希望」になり、未来を広げてくれるということを確信しました。(TED登壇より)

――TEDで登壇されましたね。「絶望と希望のコラージュ」「絶望の先に光が見える」などの言葉が印象的でした。

松尾:ありがとうございます。嬉しいです。聞き手にイメージが浮かぶような言葉を意識しました。主人にも「自分らしい言葉で」というアドバイスをもらったんですよ。

――冒頭の「目を閉じて辛かった瞬間を思い出して」と観客に呼びかける演出が効果的でした。

松尾:最初はあんな感じではなくて、一般的なプレゼンっぽい感じだったんです。米国人のトレーナーさんから「レクチャー」じゃなく「トークストーリー」なんだから、「君自身のストーリーを話すんだ」と言われて、あの演出になりました。

『TEDxAwaji』登壇時の松尾さん(二段目ロゴ左二人目)とトレーナーのC.J. MARKSさん(左から二人目)

バングラデシュが教えてくれたソーシャルの視点

――ハワイでMDGsを学ばれた後、Raffaelloと関わるまでの経緯を教えてください?

松尾:当時は、都市開発の仕事をしたいと思っていたので、たとえばマレーシアとかインドネシアとか、海外で就職するイメージを持っていました。ただ、帰国してすぐに東日本大震災が起きて、当時、母が一人暮らしだったんですよ。母をひとりにして海外に行くのはちょっとかわいそうだなと考え、「これからどうしようかな……」って悩んでいました。

そんな時に、主人が友人と会社を始めて、そこでRaffaelloをやると。英語ができるから海外の仕事を手伝って欲しいと言われました。もともと別の社長さんがいたんですが、社長さんが体調不良でお仕事を辞めたいとなりました。私は最初、生産のほうだけをやる予定だったんですが、だんだんと自分がオーナーシップを持ってやっていくようになりました。スタート時点では、MDGsなどのコンセプトはまったく意識してなかったです。ブランドにちょっとずつソーシャルな視点を加えていって、現在まで、ずっとアップデートを重ねていってる、という感じですね。

深刻に人生の「絶望」に向き合ったのはバングラデシュのダッカでの出来事です。・・・ある衝撃に頭をガツンと殴られたような感じでした。それが「貧困」です。(TED登壇より)

――ソーシャルな視点を加えるきっかけは何だったのですか?

松尾:バングラデシュに夫と行ったとき、小さい子どもたちが物乞いのためにワーって集まってきて……。目の前でその子たちを見たとき、すごくショックを受けました。当時、貧困のなかで、生きるのが精一杯で働かなければいけない子どもたちって、日本ではほとんど見かけなかったので、本当に驚きでした。自分が日本という不自由の少ない国に生まれて「生きていくのに必死」なんて考えたこともない。蛇口からお水が出るのが当たり前、明日が来る確信がある。なんて自分は恵まれているのだと感じました。

バングラデシュの「絶望」から一筋の「光」へ

バングラデシュの子供たちと夫の菊池友佑さん(写真中央)と松尾さん(写真左)

当時、若かった私は何をしていいかわかりませんでした。「自分は無力な人間だな」と絶望感の淵に毎日立たされていました。(TED登壇より)

――バングラデシュで「絶望」に直面したときの心境について教えてくだい。

松尾:私の友人で、宣教師の息子さんがいて。その彼が紹介してくれた現地の方と一緒に私もボランティアとして参加していました。ただ、やっていく中で、「これって抜本的な解決になっていないな」と思うようになって。

「自分の想像力を使って、自分の正しいと思うことをやったらいいんじゃない」という愛する夫の言葉が暗闇を照らす一筋の光になりました。・・・私の想像力はパチンパチンとはじけ一つの答えが出ました。(TED登壇より)

――そこからどのように、心境は変化したのですか?

バングラデシュの革工場での松尾さん

松尾:この子や女性たちの苦しみが生まれるのは何が原因なんだろう?って、いろいろ観察したり、話を聞いたりしながら考えていったんです。そのときに見つけた文献で「子どもの労働の理由の95%が“母親の貧困”だ」というのを読んで「女性の貧困を解決するのが、最も効果的なアプローチなんじゃないか」と気づいたんです。

特にシングルマザーが貧困に陥ることが多く、この課題を解決できないかと考えました。私の母もシングルマザーで技術を身につけることで、経済力をつけたので、バングラデシュの人に日本の革職人の技術を教えて豊かになってほしいなと思いました。

“押しつけない”ことが、変化を生む鍵になる

Raffaelloについて語る松尾真希さん photo / Yuto Kuroyanagi

生活にゆとりを与えるためにシングルマザーを雇って、子供たちを豊かにするとか、ジェンダーの平等を実するために女性を優先的に雇用したり、寄付付きの商品を買ってもらって、お客さんにエシカル消費をについて知って頂くということをしています。小さなことを組み合わせていくことで、社会をうごかすデザインになっていったなと思います。(TED登壇より)

――Raffaelloの活動について教えてください。

松尾:エシカル商品って、通常エシカルの活動を「知っている人たち」に買ってもらうことが多いんです。私たちは活動を「知らない人たち」に買ってもらいたいと考えました。知らない人たちに「普通の商品に見えるけど、実はエシカル商品だった」――そう考えてもらいたいという思いがスタートだったんです。

そこで「きちんとしたフックが必要だな」と思いました。日本でも、社会で決定権を持っているのはまだまだ男性なので、まず男性にRaffaelloの活動を知ってほしいという理由から、メンズ製品にしました。

最初に商品を好きになってもらえれば、そこから話を聞いてもらえるんじゃないかと。「俺の好きな財布、実はこんな活動してるらしいんだ」とか、「俺はだからのこの財布が好きなんだ」というふうに、自分の選択理由の一つとして語れるようになってもらえればいいなと思ったんです。

Raffaelloの財布

――実際に購入された方の反応はどうでしたか?

松尾:2回程追跡調査をしています。製品のレビューキャンペーンをやったことがあって。そのときに、やっぱり知らないで購入して、あとから「子どもたちの将来を考えて、そういうことをやってるんだ」と。デザインや機能についてのお褒めの言葉以外に、そのコンセプトに「すごく共感した」みたいなレビューをたくさんいただけたんです。それは本当にうれしかったですね。

――押し付けずに考え方を伝える仕組みが、とても良いですね。

松尾:そこをすごく重視しています。それが本当の意味での行動変容や意識の変化につながっていくと考えています。「レジ袋を買ってください」と押し付けられた後に、考え方を説明されるような仕組みはすごく嫌がられる。押しつけないで意義を知ってもらうにはどうすればいいか、そこが、私の考えて打ち出してきた大事な部分です。

順調だったビジネスが「絶望」の淵へ

松尾真希さん photo / Yuto Kuroyanagi

順調にいくと思っていたビジネスがですが、・・・・ビジネスパートナーが会社の資金を持っていなくなってしまうという事件がおきました。・・・「終わったな」その時と思いました。・・・でも私はバングラデシュで絶望のふちに立っていたことを思い出しました。あきらめるのではなく積み上げていくほうに何かを始めていこうと思いました。(TED登壇より)

――TEDでお話されていた「絶望」に直面した事件について教えて頂けますか?

松尾:一緒に仕事をしてきた仲間がお金を持って逃げる事件があって、私はすごく優しくしたし、いろいろチャンスをあげたし、「これもしてあげたよね、あれもしてあげたよね」て考えていたんですけど。その人は、その人だけの見えている世界で生きていて、その人の中では私は“悪人”で“加害者で裏切っても構わない存在”だったんだと気づきました。

自分は、自分の人生の“主人公”

――「自分が主人公」という考え方を大事されているそうですね

松尾:私にとっては”すごく助けてくれる人”でも、その人にとっては、私が”すごく嫌な奴”だったり。そいうことって絶対あるじゃないですか。だから、誰かの人生の中での“自分がどう見えているのか?”って気にしてたら、もう身が持たないなと、友人との事件で思うようになりました。

やっぱり人って、自分の見ている世界の中でしか生きていないし。残念なんだけど、その世界を他人と100%を分かち合うことは無理なんだと、良い勉強になりました。私は、私の見えている「自分が主人公の世界」の中で、どう自分が成長していくか、それを考えて改善していくくらいしか、頑張れることないなって思ったんです。だって、周りの人が私をどう見えているかなんて、わからないし、変えることもできないから。

ただ、誤解が無いように言うと、主人公と言ってもヒーロー漫画のように、強かったりキラキラしているわけではないです。のび太くんのような冴えない主人公もいるように、その人の人生は、その人らしい主人公であればいいと考えています。

「絶望」と「希望」のコラージュ

松尾真希さん photo / Yuto Kuroyanagi

――「絶望」と「希望」でいうと、今はどんな状態ですか?

松尾:そうですね、実はこの間まで、ちょっと絶望してたんですよ。つい最近まで「どうしようかな」って本気で悩んでいました。でも、何かに対して絶望しきると、視野が変わるんですよね。行動も変わるんです。

悩んでいる時って、実際には起きていないことに対して「こうなったらどうしよう」と恐れのほうがすごく大きかったりするんですよ。でも、もう悩み尽くすと、「もう、どうでもいいや」って感じになって、人に助けを求めたり、いろんなことができるようになる。

少しずつ積み上げていくことを思うと人生はサクラダファミリアみたいだなと思います。・・・私は社会を良くしたいという情熱しかなくて、・・・すこしづつ完成させるということを考えていました。・・・「絶望」はより良い未来の「希望」だと信じています。人生がもっとも暗い時には、自分がどういう人間なのか?自分がどいうことをしたいのか、自分の想像力について思い出せる瞬間だと思います。(TED登壇より)

――その「希望」に戻ってこられる力って、どこから生まれてくるんでしょう?

松尾:そうですね、私の場合は、結婚したことがすごく大きくて。やっぱり夫が、まわりの人にいろいろ言われたりしても、いつも味方でいてくれるんですよ。周りからは批判されることも多いけれど、夫は味方でいてくれる。

だから、誰かひとりでも味方でいてくれると本当に違いますね。まあ、うちの猫1匹だけでも、私はこの人たちに信頼されているという実感があると、外で何を言われても、心理的にはすごく安全でいられるんです。どこかに「絶対味方だ」って思える人がいるっていうことは、私にとって本当に大きな強さになってると思います。

社名の由来にもなった松尾さんの愛猫フランク

人生のなかで「嫌な出来事」とか「良い出来事」が組み合わさって、美しいコラージュとなっていくと思います。・・・絶望することによって「私ってこんなもんじゃないぞ」と言う想いが、自分を必ず解放してくれると思います。皆さんとサスティナブルな社会を作っていきたいですし、チャレンジを足掛かりに、より良い社会にしていきたいです。(TED登壇より)

――松尾さんは、常に目標を見失わずに前を向いている印象があります。

松尾:バングラデシュで、自分はなにも世界の役に立ってないなと絶望して初めて気付いたことですが、この日本っていう平和な国に生まれたこと自体が相当ラッキーと思います。生まれる瞬間も男性の多くの精子の中から勝ち残ってきているわけですよね。もしその組み合わせが、違うものだったら、私という人はこの世界にいなくて、似て異なる他人が生まれていると思います。全然違う人生になっていたわけで。性別も違っていたかもしれないし、違う人格だった可能性もある。

そう考えると、私はたまたま選ばれて生まれてきたんだと思うんです。「それならやっぱり何かやらなきゃいけないんだろうな」っていう気持ちになるんですよ。本当に落ち込んだときには、「まあ、それでも生まれてきただけででラッキーだったんだな」って思う。それならもう少し踏ん張ってみようかなと思ってるんです(笑)。

ジャパンSDGsアワード(2023年)授賞時の松尾さん

前編はコチラ

【松尾真希プロフィール】

株式会社FrankPR 代表取締役(最高サステナビリティ責任者 兼務)

ハワイ大学マノア校 都市・地域計画学修士課程修了。

2018年に株式会社FrankPRを設立。設立以前より、革製品ブランド「Raffaello」の立ち上げに携わり、企業の脱炭素経営支援やエシカル商品の開発・普及を牽引している。
スタートアップの女性経営者として、史上初めて「外務省ジャパンSDGsアワード(外務大臣賞)」および「環境省グッドライフアワード(環境と福祉賞)」を受賞。

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