和歌山「ワーケーションの聖地」の事例から学ぶ“選ばれる理由”
和歌山県 企画部 企画政策局 情報政策課
ICT利活用推進班 副主査(ワーケーション担当)
坂野悠司
コロナ禍をきっかけに、普段の職場とは異なる場所で働きながら地域の魅力に触れることができる働き方「ワーケーション」が注目を集めています。
そんなワーケーションの“聖地”として知られているのが、和歌山県白浜町です。和歌山県は全国の自治体に先駆けて、2017年からワーケーションを推進しており、2017〜2021年の5年間で159社1,373名がワーケーションを体験しています。
なぜ、和歌山県が「ワーケーションの聖地」と呼ばれているのか。また和歌山県ならではの魅力とは何か。和歌山県庁ワーケーション担当の坂野氏に話を聞きました。
和歌山県が「ワーケーションの聖地」と呼ばれる理由
──和歌山県がワーケーション先として選ばれる理由は何でしょうか?
坂野:まずひとつ挙げられるのが、「首都圏とのアクセスの良さ」です。関西国際空港と南紀白浜空港という空の玄関口が2つあり、関西国際空港から和歌山市までは公共交通機関を利用すれば40分ほどですし、南紀白浜空港から白浜町の中心部までは車で5分ほどになります。このアクセスの良さが魅力のひとつです。
ふたつ目が「ハード面の受入体制の充実」です。2018年のデータになるのですが、和歌山県の人口10,000人あたりのWi-Fi整備数は全国2位となっています。また、ワークプレイスや宿泊施設も充実しているため、多様な利用ニーズに応えることが可能です。
そのほか、和歌山県はAirbnb「2019年に訪れるべき19の場所」や、世界で最も多く読まれている旅行ガイドブック・Lonely Planet「Best in Travel 2018」に選出されるなど、世界に誇る豊富な自然・文化資源があるのも魅力となっています。
──和歌山県は全国の自治体に先駆けて、2017年にワーケーションを提唱されていますね。
坂野:実は和歌山県は2001年から紀南地域を中心に、都市部のIT企業の誘致に取り組み始めました。IT企業の具体的な受け皿として2004年に白浜町がITビジネスオフィスを開設したのですが、これが後に和歌山県がワーケーションに取り組んでいく大きなきっかけとなります。
白浜町は観光地でもあるので、企業の空き保養所があり、そこをリノベーションし、サテライトオフィスの整備を進めていきました。最初の頃は、なかなか企業にも入居いただけていなかったのですが、2015年にセールスフォース・ドットコム(現:セールスフォース・ジャパン)、2016年にNECソリューションイノベータが和歌山県にサテライトオフィスを開設したことをきっかけに、次第に和歌山県に注目が集まり始め、入居企業も増えていったんです。
そこから、「ハード面の整備にも力を入れていこう」ということで、2018年に白浜町第2ITビジネスオフィスを開設しました。和歌山県にはさまざまなワークプレイスがあるのですが、実は行政が運営するオフィスは白浜町ITビジネスオフィス、白浜町第2ITビジネスオフィスの2つだけです。
それ以外のワークプレイスは、民間企業が独自に整備したものか、行政の補助金により民間企業が整備したものとなります。例えば、後述する秋津野ガルテンは廃校を活用しており、また白浜町のANCHORという施設は福祉施設を改修して整備されたものです。
このようなワークスペースがあったこと、またそのワークスペースで既に働いている企業があったことが非常に大きなポイントとなりました。ワーケーションはバケーションの要素を構成する自然等も大事ですが、実際に仕事ができるという環境も大事です。和歌山県ではその二つが揃っていたことが、全国の自治体に先駆けてワーケーションに取り組んでみようという原動力になったということです。
ワーケーション推進における「3つのフェーズ」
──2017〜2021年の5年間で159社1,373名がワーケーションを体験するなど、一定の成果も出ています。具体的にどうやってワーケーションを推進していったのでしょうか?
坂野:先述のとおり、和歌山県は2001年から紀南地域を中心に、都市部のIT企業の誘致に取り組んでいます。ただ、企業にとって新しくオフィスを開設するという意思決定は簡単に出来るものではありません。ですから、「企業誘致の入り口」として、まずは和歌山県で働くことを体験してもらう“ワーケーション”を推進していくことを決めました。
具体的には、大きく3つのフェーズに分けてワーケーションを推進していきました。まずフェーズ0(2017)では、そもそも「ワーケーション」という言葉自体が日本にまったく浸透していない時期だったこともあるので、ワーケーションは日本で受け入れられるのかどうか、和歌山県にワーケーションのポテンシャルがあるかどうかを企業にヒアリングし、都市部の企業を対象にモニターツアーを開催しました。
フェーズ1(2017〜2019)ではモニターツアーを実施することで、旅費、労災、勤怠管理といったワーケーションにおける課題が浮き彫りになったほか、企業ごとにプログラムへのニーズが違うことが分かりました。それらをもとに、和歌山県では企業ごとのニーズにオーダーメイドで応える「和歌山県型のワーケーションプラン」を作成し、それを県庁職員がワーケーションコンシェルジュと称して、毎週のように企業にコーディネートをしていったことで、3年間で104社の企業を誘致することができたのです。
そこでの実績をもとに、フェーズ2(2019〜)では、ワーケーション推進の取り組みを民間企業でも進めていけるように、ワーケーションで和歌山に訪れる人、企業向けにサービスを提供される事業者などを「Wakayama Workation Networks(ワカヤマ ワーケーション ネットワークス)」として募集し、それぞれの取り組みを県が紹介するプログラムなどを展開しています。さらには、ワーケーション自治体協議会を設立し、ワーケーションの全国的な認知拡大と需要喚起に取り組んでいるところです。
選ばれるためには「訪れる価値がある」かどうかが重要
──和歌山県のワーケーションプログラムとは、具体的にどういったものでしょうか?
坂野:和歌山県では、主に「企業課題をローカル素材で解決する」ことを軸に、大きく「地域課題解決型」「地域DX型」「SDGs型」「健康経営型」「ビジョン経営型」「ダイバーシティ型」「リゾートワーキング/グループ合宿」という7つの目的ごとに、ワーケーションのプログラムを作成しています。こうしたプログラムに共通しているのは、“観光色”をなくしているということです。企業からすると、観光が目的になってしまうと費用を出してまで行く意味がなくなってしまうので、企業目線を徹底してきました。
例えば、地域DX型のワーケーションプログラムは、日本電気(NEC)と南紀白浜エアポートが中心となって地域の13施設に導入している「顔認証おもてなしサービス」を活用する形で、DXの実証実験を体験できる内容になっています。
また、SDGs型では「最近、SDGsという言葉をよく耳にするけれど、一体何なのか分かっていない」という企業に対して、きちんと身をもって体感できる研修をプログラム化し、提供する内容となっています。首都圏にオフィスを構える企業が、都市部ではなかなか実証、実験しづらいことをできるフィールドとして選ばれています。
私たちはワーケーションを「普段の職場とは異なる場所で働きながら地域の魅力に触れることができる働き方」と定義しています。だからこそ、普段の職場では提供できないコンテンツを提供することで、いかに「訪れる価値がある場所」と思ってもらえるかが重要になっていくと思っています。
また、和歌山県ではワーケーションを実施するために必要となる検討・準備事項や実施手順、社内規定整備事例、和歌山県の受入体制など、首都圏や関西圏の都市部の企業が制度としてワーケーションを導入する際に参考となる情報をまとめた資料を「和歌山ワーケーションホワイトペーパー」として公開しているので、そちらもぜひチェックいただけたら嬉しいです。
人と地域をつなぐ「コーディネーター」
──ワ―ケーションを支える和歌山県のサポート体制について教えてください。
坂野:和歌山県のワーケーションを語るにあたって欠かせないのが、「コーディネーター」です。コーディネーターはワーケーションに訪れた企業や人と、地元の企業や人をつなぐ役割を担っている存在になります。
実際にワーケーションプログラムを実施する中で分かったことなのですが、やはり都市部と地方ではバックボーンや思考のロジックも異なるので、ハレーションが起きてしまいがちです。コーディネーターは両者の間に入って“通訳”をすることで、両者が納得感を持って進めていけるようにしています。これは和歌山県ならではだと思います。
例えば、地元の宿泊事業者がワーケーション用の宿泊プランを作ろうとした際、都市部の人たちに満足してもらうため豪華な食事や体験プログラムを盛り込むことを検討していました。しかし、企業目線では旅費規定の宿泊上限額を超えると自己負担が発生し、ビジネス利用では難しくなります。そこでコーディネーターが、1泊1名食事なしで安価に宿泊できるプランとした上で、ニーズに応じてオプション対応するように助言した結果、実際にビジネス目的でのプランの利用が増加した、という例がありました。
また、南紀白浜エアポートでは「空港だけが素敵になっても、地域が魅力的にならなければ来訪者が増えない」ということで、地域活性化を促進する部署が立ち上がっています。そこのキーマンが「幅広い企業がたくさん来るよりも、少しでも深く関わってくれる企業に来てもらいたい」という思いから、企業のニーズをヒアリングして、そのニーズに適したワーケーションプランを作成するということを徹底しています。
そのほか、秋津野ガルテンは平成20年11月に地域住民が出資し“都市と農村の交流拠点”というコンセプトで立ち上がりました。この秋津野ガルテンでは、ITと農業の融合を目指しており、コーディネーターが中心となって農業をコンセプトにしたワーケーションプランを作成しています。
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──最後に、これまでの振り返りと今後の展望をお聞かせください。
坂野:平成29年度から令和3年度の実績として、これまで159社1373名が和歌山県を訪れ、実際にワーケーションを体験いただきました。最初の頃はニーズを模索している時期もありましたが、政府がワーケーションを推進する追い風を受けたこともあり、和歌山型のワーケーションプログラムの構築には一定の手応えを感じています。
また、ワーケーションを推進することで、都市部の企業や人と地域の企業や人とが交流し、この地域をどうしていくか、どうデザインするかを、みんなが“自分ごと”として捉えるようになっているなと感じます。今後は民間企業がより動きやすくなるよう行政の立場からサポートしていくほか、情報発信やPRにも力を入れていくことで、白浜以外のあらゆる地域で頑張っている企業や人たちの取り組みがひとりでも多くの人に広まっていけばいいなと思っています。
【坂野悠司(さかの・ゆうじ)プロフィール】
和歌山県 企画部
企画制作局 情報政策課
ICT利活用推進班 副主査(ワーケーション担当)
1988年和歌山県有田市生まれ。大阪府立大学工学部卒業後、和歌山県に「情報職」として入庁。2014年から行政情報の公開を進めて住民による地域の課題解決や活性化に繋げる「オープンデータ」の取組を担当。2016年から6年間、県内に新たな産業を呼び込み、雇用を創出するための「IT企業誘致」を担当。所属部署全体では、6年間で109社の誘致を実現し、うち和歌山県と協定を締結した企業は70社、うちIT企業等は24社にのぼる。2022年から個人・企業・地域の変革に繋がる「和歌山ワーケーション」の推進を担当。和歌山は日本におけるワーケーションの発祥の地であり、「ワーケーションの聖地」と言われる。
【和歌山県ワーケーションのWebサイト】
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