【マーケティングディレクター松尾力】縮小業界からの脱却。 非印刷分野で10年連続増収、水上印刷改め「MIC」のビジネスモデル
デジタル化によって、大きなあおりを受けている産業の一つが印刷業界です。雑誌や漫画といった紙媒体は続々と電子書籍へ移行しています。企業の広告宣伝費削減から、折り込みチラシというメディアも少なくなりました。
マーケットの縮小により、各印刷会社の競争は激化。印刷業から撤退する中小企業も散見されます。そんな中でひときわ業績を上げているのが、水上印刷株式会社(東京都新宿区:河合克也代表取締役社長)です。
同社でマーケティングディレクターを務める松尾力氏は「印刷物製造から納品という“物流の過程で生まれる無駄”に気付けたのが、当社のターニングポイントだったのでは」と語りました。
印刷業界と水上印刷
縮小する印刷業界
経済産業省の統計によると、印刷業界のピークは1991年。出荷額は8.9兆円を記録していました。2018年には4.9兆円に落ち込み、今後も縮小が続くと予想されます。
また、市場の寡占化も否めない事実です。印刷業界は大日本印刷株式会社と凸版印刷株式会社の2社が売上シェアの6割を占めています。中堅以下の企業にとっては厳しい状況でしょう。
売上70%が非印刷分野の水上印刷
一方、水上印刷は2010年から2020年というまさに業界縮小の真っ只中において、10年連続で増収を達成。年平均成長率は10.5%となっています。なぜ、水上印刷という印刷会社は、業界のあおりを受けずに成長し続けられるのでしょうか。
水上印刷の2020年における売上は67.1億円。そのうち、印刷分野の売上は約30%に留まっていると言います。
「コンサルティング事業やBPO事業、フルフィルメント事業などが売り上げの半分を占めている。そして残りの約20%がICTやクリエイティブ事業。約70%を占める『非印刷分野』が当社の成長を牽引している」(松尾氏)
「SPSモデル」の実態
マーケティング活動の最適化
水上印刷の成長の理由は、同氏の言葉を借りれば「非印刷分野の売上成長」。販促物の受注、在庫管理、納品からデータ分析に至るまでのマーケティング活動を一括で請け負うフルフィルメント業務などが事業成長の大きな原動力となっています。
同社が提供する顧客価値は、「マーケティング活動の最適化」だと言います。「業務フロー改善」、「システム開発」、「クリエイティブ制作」、「印刷物製造」、「物流」、「分析」とマーケティングにおける全ての工程を一貫して対応できるサービスを構築したことが大きな特徴となっています。
「例えば、せっかく印刷した販促物も、店舗の棚のサイズが合わず、使われていないということが多々あった。販促物の物流も、各社がバラバラに納品する状況。当社が一括して物流を担うことで、あらゆる無駄をなくすことができると考えた」(松尾氏)
コンサルティングや業務設計といったフロントエンドのサービス(S)、その後展開されるクリエイティブなどのプロダクト(P)、そしてフルフィルメントロジティクスや回収リユースというバックエンドのサービス(S)。バリューチェーンの入口と出口までを業務範囲とし、顧客体験価値を最大化させる「SPSモデル」が同社の強みです。
「SPSモデルによって、従来は分断されがちであった個別のマーケティング活動の全体最適化を図れるとともに、我々にとっては価格競争に陥らずに事業収益を確保できるという側面があります。」(松尾氏)
コンビニ店舗の成功実例
同社のクライアントの一つに、大手コンビニエンスストアがあります。店内販促物の企画からデザイン、製造、配送までを一括して提供しており、全国11,000店舗に毎週、梱包して発送します。そのうち、店舗ごとの梱包パターンは3,000から5,000パターン。従来はメーカーや代理店がそれぞれ個別に各店舗へ発送しており、店舗の負担や配送コストが課題になっていたと言います。
同社はこの配送フローを一本化。さらに店舗データベースを構築し、店舗ごとの販促物サイズ情報などを管理することで、配送すべき販促物の有無やサイズ、数量などを算出。あわせて物流センターを立ち上げて配送を集約することで、物流と製造のコストを30%削減できたと言います。
成長するのは産業ではなく企業
若手に浸透するビジョン
水上印刷の特徴として、従業員の若さが挙げられます。2021年5月時点で正社員は263人。平均年齢は29.6歳です。若い力を積極的に活用しているのも、成長の理由でしょう。
松尾氏は2014年に入社。前職は経済産業省で中小企業支援や福島復興支援、ASEAN貿易交渉などに従事していました。「社会を動かすビジネスがしたい」との思いから、水上印刷へ転職しました。
「印刷業界は当時から縮小傾向にあった。それでも水上印刷を選んだのは、前社長(現会長)の『成長する産業はない。あるとすれば、成長する企業があるだけだ』という言葉に共感したから。前職では『経済産業省』という名前の通り、「産業」単位で成長する産業かどうかを見ていたので、この言葉は結構ガツンと来た。同時に、実際に成長を続ける水上印刷の姿を見て納得できた。そんな会社でもっと成長したいと思ったのが、転職したきっかけ」(松尾氏)
印刷会社から脱却した「MIC」
“デジタル”と“フィジカル”の両輪
さて、水上印刷は2022年1月に社名を変更します。その名も、MIC株式会社。「印刷会社」から脱却し、「未来にイノベーションを起こす企業」に生まれ変わるという意思の表れでしょう。
新社名が掲げるビジョンは「デジタル×フィジカルで、未来をもっと素晴らしく」。デジタル技術はもとより、「モノをコントロールできる」という“フィジカル”に同社の軸があります。
昨今、デジタルとアナログの融合という言葉が耳馴染みとなっています。MICはそれをまさに体現している企業。縮小業界から脱却し、新しいビジネスモデルを創出したMICは、印刷や製造の未来を担う指針となりそうです。