「こども・若者ケアラー」神戸市が取り組む全国に先がけた対策 その実態と大人ができること
神戸市福祉局政策課 こども・若者ケアラー相談・支援窓口
上田 智也
「ヤングケアラー」は、厚生労働省によると「本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どものこと」を指す。勉強や友人とのつきあいなど、子どもとしての社会生活全般に大きな影響が出てしまうことに、懸念が高まっている。
政府が2021年に行った調査では、日本の中学2年生の17人に1人がヤングケアラー状態にある。少子高齢化の進展にともなって、今後ますますその数が増えることが予想されている。
兵庫県神戸市では、全国の自治体の中でいち早く、本格的なヤングケアラー対策をスタートし、活動を続けている。神戸市福祉局政策課の上田智也氏にこれまでの取り組みについて聞いた。
18歳以下だけにとどまらない神戸市の対策
――まずはじめに「ヤングケアラー」とはどういう状態にある人のことを指すのでしょうか?
上田:「ヤングケアラー」という言葉は最近、ニュースなどを通じてかなり知られるようになりました。ただ実際には、法律上の定義はまだ定まっておりません。厚生労働省のホームページ上では「本来大人が担うと想定されている家事や、家族の世話などを日常的に行っている子ども」と紹介されています。
一般社団法人の日本ケアラー連盟が18歳未満をヤングケアラーと位置づけたこともあり、国のほうでも18歳未満をヤングケアラーとして扱っています。
一方で、私たち神戸市では、支援の対象を20代にまで広げています。それは当然、18歳を過ぎても家庭の中でケアラーである状態が続く場合もあるからです。20代の方であっても、ケアラーであるならば、18歳未満と同様に支援が必要だと考えています。私たちは「こども・若者ケアラー」と呼んで対策を進めています。
――ヤングケアラーの人が担っているケアにはどんなものがあるのでしょう?
上田:こちらのイラストは、日本ケアラー連盟が、ヤングケアラーの具体例を示しているものです。
このイラストを見ていただくと気づくと思いますが、ヤングケアラーの担っているケアは、最近になって登場したわけではなく、昔から家族の中で誰かが担っていたものです。家族が協力し合い、助け合って生きる上でこうしたケアは必ず必要になります。
ところが近年になって、子どもや若い人に、こうしたケアの役割が固定化し、子どもや若い人自身の負担が看過できない状況になっているのが、ヤングケアラーなのです。
――ヤングケアラーが増えてきた背景には、どのようなことあるのでしょうか?
上田:その根本原因は、日本の家族の構造が変化していることです。戦後の高度経済成長以降、都市部で核家族やひとり親の世帯が増加し、また超少子高齢化の進展により、要介護認定を受ける高齢者も増えました。
共働きの家庭が当たり前になる一方で、地域コミュニティが衰退し、近隣との付き合いが希薄になっているのは皆さんご存じの通りです。都会のオートロックのマンションで暮らしていたら、隣の人と一切交流がないなんてことは珍しくありません。
つまり家族そのものが、地域から孤独化、孤立化してきているわけです。外部のサービスを利用している場合もありますが、基本は「家族で面倒をみざるを得ない」という状況があり、ヤングケアラーが増えてきている要因ではないかと考えています。
小中学校の1クラスに2、3人のヤングケアラー
――昭和の時代には、近隣で助け合って生活する感覚がまだ残っていたと感じます。それがなくなり、家族単位ですべてのケアをやらなければいけない状況となったわけですね。
上田:そのとおりです。政府がヤングケアラーに関して全国調査を行ったデータを見ると、小学校6年生の時点で、ケアをしている家族がいる子どもは、全体の6.5%。つまり小6の15人に1人がヤングケアラーなのです。中学2年生になると6.7%で17人に1人です。
小中学校の1クラスに2人から3人のヤングケアラーの子どもがいることになります。
――家庭の中で、子どもたちが掃除や料理の配膳などの「お手伝い」をすることは普通にあります。「お手伝い」とケアラーの違いは何なのでしょうか。
上田:よく聞かれる質問です。立命館大学でヤングケアラーについて研究している斎藤真緒教授によると、子どものお手伝いとケアラーの違いは、3つのポイントがあるということです。
まず1つ目が、ケア労働が「親と保護者の見守りのもとで行われているかどうか」です。
例えば、お母さんが夕飯の支度をしながら、子どもに「食器を並べて」とか、「洗濯物を畳んで」などとお願いするのは、母親の見守りのもとになりますので、お手伝いの範疇といえるでしょう。しかしお母さんがいつも仕事で遅くなり、毎日子どもだけで食事の用意をしたりするようになれば、お手伝いとは言えなくなります。
2つ目としては、子どもにとって大切な勉強や友達と遊ぶ時間、課外活動などの時間を圧迫しないことです。たまに子どもたちだけでレンジでご飯をチンして食べる夜があったとしても、普通の日は友達と遊んだり、勉強ができていれば問題ありません。しかし恒常的に母親、父親の帰りが遅く、毎晩ご飯の用意を年長の子どもがしないと、弟や妹がお腹を空かせてしまう、という状況であれば、その子どもはケアラーの状態にあると言えます。
そして3点目、これが一番重要な指標と言われていますが、「やりたくない」とケアを拒否する選択肢がどれだけ保障されているかどうかです。「試験が近いから勉強しないといけないので、今日は手伝えない」と親に言って、断れるかどうか。
本人に「やらない」という選択肢がなく、家事をしないと家庭がなりたたない。子どもの生活すべてにおいて、ケアが優先される状況になっているとなれば、これはもうお手伝いではなくケアラーになっていると見なければいけません。
ヤングケアラーのほとんどが大人に相談しない
――周囲の大人は、こうしたケアラーの状況に気づいているのでしょうか?
上田:「ケアについて誰かに相談した経験があるか」という質問に、小学6年生では17%、中学生でも21%しか「ある」と回答していないことです。
すなわち8割以上の子どもが、自分たちがケアラーであることを大人に相談したことがないということです。
――なぜ、子どもたちは大人に相談しないのでしょうか?
上田:多くの子どもたちは、今の状況が当たり前になっていると、そもそも相談をするという意識がない場合もあるのではないか、また「家庭のことは他人に話をしてはいけない」と考えていたり、「家のことは誰にも言うな」と家族に言われてる可能性もあります。
そうした家庭で育ったケアラーの子どもは、高校や大学に行ったり就職してから、周りの人と話すなかで、「自分の家族は特別だったんだ」と気づくことが珍しくありません。そういう元ケアラーの方に何人もお会いしたことがあります。
大人の想像力のあるなしが、相談の一歩を左右する
――ケアラーの状態が恒常的に続けば、子ども自身の成長にも大きな悪影響がありそうです。
上田:はい、ケアラーになることによって、あるべき子どもの社会から隔離した状態に追い込まれ、本来守られるべき子ども自身の権利が侵害されてしまうのが一番の問題です。
ケアというのは、人生のどのライフステージにおいても発生します。30代、40代、50代の大人が子どもの世話や親の介護等でケアラーになることは、ありますが、我々大人がケアラーになるのと、子どもがケアラーになるのは、その後の人生における影響が全然違います。
人生の基礎の土台作りをしないといけない子どもの時代に、ケアラーになってしまうと「困ったときに周りの人に頼る」という経験を持てないまま大人になってしまう可能性があります。
――周囲の大人が、気づいてあげるためには、どうすれば良いのでしょうか?
上田:元ケアラーの方に「どんな大人からの声かけが嬉しかったですか?」と聞いたことがあります。その人は「先生から『休めてるか?』と聞かれたのが、とても嬉しかった」と答えました。
「お前の家庭の状況はわかっている。無理はするなよ」という気持ちが、その「休めてるか」という一言で伝わって、「自分はひとりではない」と感じることができたそうで、卒業後何年経っても思い出して嬉しくなったそうです。
一方で、別の元ケアラーの方のケースですが、前日に家のことが忙しくて寝てしまい、宿題が提出できなかったそうです。それで先生に、家のことを説明して「宿題をする時間がありませんでした」と言ったのですが、ひとこと「言い訳すんな」と言われたというのです。
その方は「二度とその先生には相談したくない」と感じたそうです。
――それは確かにひどいですね。大人に対する信頼を失ってしまいそうです。
上田:はい、その人は「もう大人には相談しない」としばらく考えていたそうです。なにげない大人の対応で、そういう悲しい思いを子どもにさせてしまうことは、絶対に避けなくてはなりません。
神戸市の対策のきっかけとなった不幸な事件
――なぜ神戸市では全国に先駆けて、ヤングケアラー支援に取り組むようになったのでしょうか?
上田:それには明確な理由がありまして、今から3年前、令和元年に市内で不幸な事件があったことがきっかけでした。20代の女性が、同居していた90代の祖母を殺害してしまったのです。
事件の1年後、令和2年の秋に懲役3年、執行猶予5年という判決が出ました。裁判の中で、彼女が肉体的、精神的に追い込まれていった状況が明らかになり、誰にも訴えることなく、介護を1人で背負い込んでいた事実がわかったのです。
神戸市ではこの事件に大きな衝撃を受けました。市内のヤングケアラーの置かれている状況が浮き彫りになったことから、市長の特命事項としてヤングケアラー支援を早急に行うことが決まったのです。
――そこからどのようにして対策が始まったのでしょうか。
上田:まずは関係部局が集まってプロジェクトチームを作り、関係者などにヒアリングを行うところから始めました。当事者の声を集める中でわかったのは、「どこに相談したらいいかわからない」という人が多いことでした。
そこでまずは、相談窓口を作ることからスタートして、昨年2021年の6月1日に窓口を設置しました。
窓口を設置するも、当事者からの相談はレア
――相談窓口を設置してから、今までにどれぐらいの相談があったのでしょうか?
上田:2022年の10月末までの数字ですが、相談件数は全部で229件になります。その229件のうち、継続的な支援対象になっている18歳未満の子どもケアラーが66件、若者ケアラーが19件の合計85件、匿名の方などの継続的な支援が出来なかった「その他」が144件あります。
支援に結びついた85件の相談を詳しく見ると、当事者が問い合わせてきたのは20件だけです。さらに当事者といっても、ケアラー本人ではなく、多いのはそのお母さんです。「去年、病気になってしまって、息子に家族の世話を頼んでいるのですが、ヤングケアラーにうちは当たるのでしょうか?」といった相談をお母さんがされてくるケースがよく見られます。
それ以上に多いのが、関係者と関係機関からの問い合わせで、合わせて65件になります。関係者・関係機関のなかでも多いのが学校関係で、小中学校にいるスクールカウンセラーの方からの問い合わせが多くあります。また、地域の自治会の方や民生委員の方が「あの家の子どもが困っているので助けてほしい」と相談されてくるケースもあります。
支援が拒否されてしまうことも
――取り組みをされている中で、感じている課題はなにかありますか?
上田:一番の課題は、私たちの支援自体が当事者・家族に拒否されてしまうケースがあることです。本人・家族からの問い合わせが20件という数字を見てもわかるように、ヤングケアラーである本人は、苦しい立場にあっても自分から役所に問い合わせるケースがまれです。
私たちの取り組み自体が伝わっていないということもありますが、それ以上に、「自分たちの家庭の中に、他人に立ち入ってほしくない」「特に困っていないから支援は必要ない」と考える当事者・家族がいることを実感しています。
実際に、関係機関などから「あの子はヤングケアラーではないか」と相談を受けて、私たちが支援しようとアプローチしても、支援自体を拒否されてしまうことが半分以上あるのです。
これは私たち以外の、ヤングケアラー支援に取り組む全国の自治体も同様です。当事者・家族へのアプローチが難しいことが最大の課題と感じています。
――日常的にケアに忙殺されている当事者が、支援を拒否するというのは意外です。その裏には、当事者のどういう思いがあるのでしょうか?
上田:当事者の家庭の多くは、「自分たちは家族の中で助け合って、今までやってきている」という強い思いを持っています。だから私たちが「支援しますよ」と言うと、何か自分たちのやってきたことが、否定されたように受け止められることが少なくないのです。
そういう気持ちはもちろんわかりますので、各家族におけるこれまでの経緯や、家族に対する思いを絶対に否定せず、まずは理解した上で「でもお子さんの負担を少しでも減らしていきませんか」とアプローチするのが有効だと感じています。
ケアラー世帯の「予防的支援」の重要性
――当事者の気持ちを受け止めることの大事さががわかりました。他にはどのような気づきがありましたか?
上田:1年以上の取り組みの中で、ケアラー世帯のそのような思いがわかってきたことから、私たちは「事後的支援」とは別に、「予防的支援」にも力を入れるようになりました。
相談のあった85件のうちケアラーがいる状態が長年続いている家庭では、我々や関係機関が介入するのを拒まれるケースが少なくありませんでした。
一方で、お母さんからの相談などで「うちはヤングケアラーになってしまっているでしょうか?」という問い合わせがあった家庭は、まだ子どもがケアを担って日が浅いことがわかりました。
そうしたケアが始まって間もない家庭に対しては、本格的にケアラー状態が定着する前に「予防的支援」として、私たちが福祉サービスなどを紹介し、介入することが非常に有効だと感じています。
ヘルパーの派遣や当事者同士の交流の場づくり
――具体的には、どのような支援をされているのでしょうか?
上田:直接的な支援活動として始めているのは、18歳未満のケアラーのいる世帯への無料でのヘルパーの派遣です。とりあえず3ヶ月以内の期間ですが、相談のあった世帯に必要性が認められれば、食事の世話や洗濯、掃除、日用品の買い物などをケアラーに代わって行うヘルパーを無償で派遣しています。
――その他にはどのような支援をされていますか?
上田:当事者の多くが周りに相談できる人がいないのが現状です。そこで、同じような状況にある仲間たちと、交流や情報交換ができる場が必要だと考えて始めたのが「ふぅのひろば」です。ヤングケアラー同士が実際に集まって会話ができるように定期的な会合を行っています。
2021年10月から、ふぅのひろばは、月に1回、毎月第2土曜日の午後、神戸市青少年会館で開催しています。ふぅのひろばに集まってくるのは主に、高校生以上の年齢の方々です。この場は、神戸市在住の方のみならず、市内の学校や勤め先に通っている市外にお住まいの方も対象にしてます。
小学生、中学生に対しては、住んでいる地域にある子ども食堂や学習支援など、家以外の居場所となるところを紹介していく支援を行っています。
またこれは神戸市ではなく兵庫県の取り組みですが、ヤングケアラー、若者ケアラーたちは、日常的に食事の世話や後片付けで自分の時間がとれないことから、栄養バランスを配慮したお弁当を無料で届ける事業も2022年10月からスタートしました。
ヤングケアラー支援は、関係機関と横の連携が大切
――支援の体制はどうなっているのでしょうか?
上田:2021年6月に開設した窓口では、平日の9時から17時まで受付時間を設けています。窓口の体制は、課長級の職員1名と係長級の職員1名、それと相談員4名(社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理士等)の6人体制です。全員が週に1回火曜日に揃うので、そこで個別ケース会議を開き、支援が必要な方々の対応について話し合っています。また、ヤングケアラーの専門家としてアドバイザーになっていただいている大阪歯科大学の濱島淑恵教授にも毎月1回来ていただき、事例をご報告しながら意見交換をしています。
またこれらとは別に、関係機関の方々に集まっていただいて、当該世帯の支援をどのようにしていくかを連携して話し合う個別支援会議というのも必要に応じて実施しています。
ヤングケアラーへの支援については、複数の関係機関が関わっているケースも多く、横の連携をとることがとても大切だと実感しています。
我々の機関のいまの課題でもありますが、私たちは支援家庭に対して何かしらの法律根拠に基づいてサービスを直接提供するということはしていません。それゆえに関係する役所のセクションをたくさん巻き込み、つないでいくことで、当該世帯への支援を行うのが基本になります。
私たち大人ができることは?
――日本全体にいるヤングケアラーの数を考えると、大人たちみんなが取り組む必要があるのではないかという気がします。
上田:元ケアラーの方から話を聞くと、「理解してくれる人が欲しかった」「同じように悩みを相談できる仲間がいたら良かった」という声が多数ありました。実際、日常的に家族のケアで自分の時間がとれなくなっているとしても「たいへんだね。大丈夫?」と声をかけてくる人がいるかどうかで、気持ちは全然違ってくると思うんです。
私たちが「ふぅのひろば」を作ったのも、そういう気持ちの面の支援の大切さを実感したことが理由です。だから一般の大人の方々も、住んでいる地域などで「あの子はヤングケアラーかな」と思われる子どもがいたら、負担にならないように話しかけたり、あるいは少しでも気になることがあれば、相談支援窓口への相談を行ってほしいと思います。
当事者が相談をしてくるケースは非常に少ないため、周囲の大人の気づきがヤングケアラーへの支援には非常に重要です。話を聞いてくれる、相談できる人がいることは、当事者の心理的な負担を大きく軽減できるのではと考えています。
実際、各地では、ふぅのひろばのような、ヤングケアラーの人たちが集う場の活動が以前からあり、そのうちの一つである大阪の「ふうせんの会」には、毎回数十名の方が参加されると聞いています。
――国や社会全体で、この問題にどのように取り組んでいくべきでしょうか?
上田:ヤングケアラーに関しては、国も重要施策として位置付けていますが、現在、法律があるわけではありません。ケアラーに関する個人情報を共有する際、現時点では根拠法令がないために、匿名等の条件が付されることがあり、具体的な支援を検討できない事例もあります。当事者の承諾が難しい場合でも関係機関同士の情報共有ができるような仕組み等があれば良いと考えます。
また、ヤングケアラーの支援を始めて感じていることですが、公的な福祉サービスだけでは、ケアラーの負担をゼロにすることは不可能です。しかし彼らの苦労と気持ちを理解する大人が増えれば増えるほど、一人ひとりの負担はいろんな形で軽減できるはずだと考えています。
【上田智也プロフィール】
神戸市福祉局政策課 こども・若者ケアラー相談・支援窓口担当課長
神戸市に福祉職として入庁。生活保護、介護保険、児童虐待対応等の業務を経験、こども・若者ケアラー支援の立ち上げにも関与。