【タウンニュース社】地域をつなぐフリーペーパーの強みで“総合情報企業”に。
1970年代から新聞折込型の地域密着フリーペーパーを発行している株式会社タウンニュース社。神奈川県秦野市からスタートし、小田原、平塚、相模原、横浜、川崎と次第に発行エリアを拡大させた。2023年現在は、神奈川県全域と東京都町田市、八王子市、多摩市で約178万部の紙面を発行している。時代の潮流に合わせ、デジタル配信にも尽力。デジタル事業はコロナ禍を機に拡大しており、紙面とデジタルの双方で情報を発信する「総合情報企業」を目指していく。
長らくフリーペーパー事業で成功を収めてきた同社の、デジタル事業への参画。新聞購読者が減っている時代に、あえて紙面事業を残すという選択。そこにある勝ち筋を取締役執行役員で統括監理役員と経営企画室室長を兼任する熊坂淳氏が語る。
「知りたい」「伝えたい」ニーズの循環
タウンニュース紙面には地域に密着した情報、例えば「近くの公園の桜が満開になった」、「地元の小学校が全国大会に出場する」といったローカルニュースが掲載されている。その地域に住む人にとっては非常に身近な情報のため、愛読者も多い。地元の企業や個人事業者はそこにメリットを感じ、店舗集客や求人の広告を出稿する。つまり、同社の収入源は広告だ。
新聞購読者が年々減少傾向の中でも、同社は紙面事業で年間約30億円を売り上げている。インターネットやSNSの台頭で、地域の情報が容易に取得できる時代であるにも関わらず、なぜタウンニュース紙面の情報は売れるのだろうか。
「タウンニュースは各行政区ごとを基本に編集部を設置し、定期的に情報を発信している。タウンニュースからの情報発信が途切れることはない。紙面制作にあたっては『広告主が伝えたいことは何か』、『報道機関として伝えるべきことは何か』などの視点に立ち徹底した裏付け取材を行う。一方、SNSの多くは個人が不定期に発信しており、内容も個人の趣味嗜好に寄っている。そこがタウンニュースとSNSの情報の質の違いではないか」(熊坂氏)
熊坂氏はタウンニュースを「情報の地産地消」と捉えている。マーケットには「地域の情報を知りたい」というニーズと「地域に情報を伝えたい」というニーズが存在する。最寄りの駅近くに新たな飲食店がオープンすれば、生活者は料理の内容や値段が気になる。一方で、開店当初の飲食店は、なるべく近場のマーケットから集客していきたいと考えるだろう。選挙であれば、有権者は誰が立候補しており、どこに行けば投票でき、期日がいつまでなのかを知りたくなる。政治家は有権者に対し、正しい意見を効果的に伝えたいはずである。このニーズを循環させるのが、両者をつなぐ信頼できるメディア、タウンニュースだ。
同社では「アドコミ(アドバタイジング+コミュニケーション)」という造語をビジネスコンセプトとしている。地域住民にとっては、広告も街のニュースであり、大切な生活情報の一つという考えだ。
地域の魅力をデジタルで広く発信
タウンニュース社はフリーペーパー黎明期からそのビジネスモデルに参入し、2006年に上場した。2009年には全版のニュース記事が読める「Web版タウンニュース」をリリースすると、その後も立て続けに、該当エリアに在籍する政治家のデータベースサイト「タウンニュース政治の村」、神奈川・東京多摩のご近所情報サイト「RareA/レアリア」を開設するなど、“フリーペーパーの会社”から脱却している。地域密着のビジネスモデルは、デジタル事業への参入で、さらに可能性を拡げた。
注目される大型案件の一つが「移住」を目的としたシティプロモーションだ。神奈川県の秦野市や山北町に、県外からの移住を促すコンテンツを制作し、デジタルで広く配信している。不動産ポータルサイトなどでは深掘りできない情報の発信は、タウンニュースならではである。
「地域の魅力というのは、その地域に住む人たちは気付きにくいもの。我々がその魅力を引き出しエリアの外に発信した時、大きな価値となる。長らく地域に密着して情報を蓄積してきたタウンニュースのビジネスモデルと、デジタル事業の相性は非常に良いと感じている」(熊坂氏)
アナログメディアに埋まる残存者利益
紙面で該当エリアに定期的に情報を発信しつつ、デジタル配信で広域にも告知できる。紙面とデジタルの連動も、現在のタウンニュースの強みと言える。しかし、紙面事業は時代に逆行しているようにも見えるだろう。かつてタウンニュース紙面は200万部以上を発行していたが、発行部数自体は減少している。それでも同社が紙面の発行を止めないのは「残存者利益」の確保が理由だ。
新聞折込で紙面を届けるタウンニュースにとって新聞購読者が減少し読者が高齢化すれば当然、広告の訴求率も落ちるだろう。となると、フリーペーパー事業者は広告収入を見込むことができない。事実、神奈川エリアのフリーペーパー事業者の多くが撤退を余儀なくされている。そして、競合他社が減ったマーケットはブルーオーシャンである。
「確かにタウンニュース発行エリア内の新聞購読者数は減少傾向。それでも、購読している人は存在するわけで、こうした人たちは情報収集にしっかり投資し、世の中や地域社会のことを考え動かそうとしている層とも言える。その人たちに紙面で情報を届けることは弊社の重要な役割の一つである」(熊坂氏)
総合情報企業が“地域”を救う
2020年を境に、同社ではデジタル配信を強化している。先述の「Web版タウンニュース」では従来の広告プランに加え、インライン広告もスタートさせた。「Web版タウンニュース」の月間平均PV数は約280万。エリアを限定した情報サイトとしては、極めて高いPV数となっている。また、登録したエリアの情報が届く「メール版タウンニュース」や「タウンニュース for LINE」もリリースしている。
「Web版タウンニュースにおけるコロナ前のPV数は220万から230万で推移していたが、コロナ禍では300万PVを超える月もしばしば。これは多くの人が出社しなくなり、足下である自身の住んでいる生活圏に目が向けられたからではないか。『住んでいるエリアのワクチン情報は』、『安全に遊ぶためにはどこに行けば良いのか』という思考から、弊社のサイトに辿り着いたと推測できる」(熊坂氏)
地域コミュニティが先細りなのは周知の事実である。人口が減り、消滅する自治体も出てくるだろう。そこに、アナログとデジタルの情報発信で地域と人を結びつける“総合情報企業”の勝ち筋がある。
例えば、人口が減り続ける地域では祭りが無くなる。しかしそこには、どうにかして存続させたいと願う実行委員や支援企業がいる。祭りを続けるために活動する人が生まれる。タウンニュースはその情報をキャッチし、フィーチャーする。街をよく知り、広く告知できる同社の役割はそれだけに留まらない。イベントのプロデュースから人材の調達までをこなせるリソースが揃っているのだ。
先細りが危惧される“地域コミュニティ”に最も大切なのは「人と人のつながり」ではないか。つながりというのは大きな力になる。つながりを生むために必要なのは“情報”だ。あらゆるメディアとコンテンツで地域と人をつなぐため、フリーペーパー会社、もとい“総合情報企業”タウンニュース社は躍進を続ける。
【熊坂淳のプロフィール】
株式会社タウンニュース社
取締執行役員・経営企画室室長兼制作管理役員
大学卒業後、学習塾の講師を約10年経験する。1992年、株式会社タウンニュース社に入社。小田原編集室に配属され編集長を務めたのち複数の支社長を経て2011年、取締役執行役員に就任。社内各事業部門の統括や予算管理、マーケティング、新規事業など幅広く尽力している。